盗人の城 09
「さて、ここでお前には二つの選択肢がある。一つは俺をこのまま交代の時間まで監視し続ける。交代の時間になればわずかな隙をついて俺は逃げよう。誹りは免れないだろうが、非難が一人に集まらない分生きられる道もあるだろう。何なら交代するヤツに俺の姿を見せてやってもいい」
要するに、見張りの側で何か行動を起こす必要がないということだ。
そのままでは大勢死ぬかも知れないが自分が行動を起こせばその被害は一人だけで済む場合、行動を起こすかいなかは突き詰めればその人の道徳による。目の前の何かが提案しているのは、お前は何もしなくていい、という悪魔のささやきだ。何もしなくていいという甘い言葉に従っておけば、あらゆる責任を悪魔に転嫁できる。
その場合、転嫁できる悪魔が本当に存在するのか、その存在が見張りには本当にどうすることもできない存在なのかを示す必要がある。その意味でも、交代する者に姿を晒してもいい、という目の前の何かの提案は願ったり叶ったりだ。
「もう一つは、俺に協力してお前より階級か身分の高いヤツを連れてくる。俺に関してどんな決定が下されるかは分からんが、聞く耳をもたないヤツらなら多少示威行為をしてでも話を聞いてもらおう。お前が命がけで何とかしようともどうにもできない相手だったってことが分かれば、よほどの無能で殺す口実を探していたとかでない限り、お前が無碍に殺されることもないだろうよ」
協力というよりは、別の人間と渡りをつけろという話のようだ。
確かに見張りはそれほど身分が高いわけではない。紙縒の国との戦争中にあって地下牢の見張りなどという閑職に追いやられていることを考えれば、騎士という呼称も霞む。
ここで目の前の何かに協力し、騎士団の長に近い者に協力を仰げば、棄損した己の名誉を挽回できるかもしれない。
しかし、と見張りは考える。
「……どちらも、選べません」
「何?」
ここでどちらかを選んでしまえば、選んだことに責任を持たなければならなくなる。目の前の何かは人間の愚かな部分を知っていて、それを利用して甘言で誘うことのできる、まさしく悪魔のような存在だ。
トロッコ問題は、その問題に挑戦するかどうかという時点で自己の決定が反映されている。
問題を真摯に受け止めるのも、選択肢を見たうえで放棄をするのも、全ては問題に挑戦した後の話である。
「ここで私が何かを決めてしまえば、その選択に責任が生じますから」
「そうやって何も決めないことも、お前の決定になってしまうが、それでいいか?」
「……」
問題は、自分で選ばずとも目の前に降りかかってくる。
そして自分が選ぶと選ばざるとに関わらず、他者は待ってはくれないのだ。
見張りは、そうやって色々なものから逃げてきた。見て見ぬふりをしてきた。だからこうして、地下深くで最悪とであってしまった。
どこで間違えたのだろう。
悔やんだところで、目の前の光の球は答えを出してはくれない。
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