盗人の城 05

 見張りは、頓馬で鈍間ではあったが決して愚かではない。自らの身体能力のなさや技術のなさを自覚して、他に劣らないように頭を巡らせて生きてきた。

 そうしなければ騎士団の中で生きられなかった、というのもある。身体能力や技術に加えて権謀術数まで飛び交う騎士団上層部とやり合えるとは見張り自身思ってはいなかったが、いいように使われて羽虫のように死ぬような生き方を避けるためには、頭を使う必要があったのだ。

 その結果、無能の烙印を押されたとしても、生きていることが大切だった。

 そのように、ある種勤勉なこの見張りが目の前の存在の思い違いによって理解したのは、この人とも思えない存在が、伝説の悪神に限りなく近い存在……例えばその生まれ変わりなのではないかということだった。

 あるいはタジ本人なのかもしれないとさえ思った。

 伝説において、タジの容姿に関することは一切伝わっていない。男であること、強大な力を持っていること、その力をもって多くの魔獣を討ち倒し、そして自身が魔獣になってしまったことが伝えられているのみである。

 もし、タジという悪神が目の前の光の球のような人間とは思えないような存在であったならば、その容姿が伝わっていないのも納得できる。

 人間に近い容姿のために、かえって不気味さが際立っているのだ。普通の人ならばまず友好的に話しかけようとは思わない姿形であれば、悪神を語る話の中に容姿に関する記述がないのも無理はない。

 彼が悪神だとされる前には、人類の救世主、太陽の御使いと称されていた。かつて人間を救った存在が、不気味と不安に彩られた容姿であってよいはずがない。

「いいえ、今あなたが思った理由がそのままその通りです。外にお出になると、今はとても具合が悪い。ですので、今しばらくここで待っていていただけますか?」

 見張りの言を、タジと思われる者はジッと見つめた。

 言葉を見つめるというのは、つまりその言葉を発した者の顔を見るということ。裏の顔まですべて見透かされるような光球の輝きに、見張りは首筋に冷や汗を流した。

「……具合が悪いのは、事実そうだ」

「それでは」

「しかし、理由は違うようだな。そして、理由が違う理由を悟られると困る事情もまたありそうだ。さっき名前を出したタジに関係している。そうだろう?」

 返答までのほんのわずかな硬直こそが、返事そのもの。

「そういうことだな。お前は頓馬で弱っちいが愚かではないらしい。俺がタジに関係していると理解したな?外に出るのは具合が悪い、ではなく、今この場に留めて増援か救援を呼ぼうとしたのだろう、違うか?」

 ほんの一言、とっさに出た言葉によって見張りは自身を窮地に立たせてしまった。しかしこの異質な存在を前にすれば、多かれ少なかれ危険な状況、絶望的な選択肢を選ばされる道に立たされざるを得ない。

 赤い配線も、青い配線も、どちらも間違いだったのだ。

 しかしどちらかを切らなければ確実に爆発する。目の前の存在はそういう危険な爆発物である。

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