盗人の城 04
目の前の光球は、全き光の球であるにも関わらず、見張りにはそこに表情が見てとれた。見張りが特殊なのではない。この目の前にいる何かは、誰が見ても明らかなほどに多彩な顔をしている。見た目ではただの光球でしかないにも関わらずだ。
視覚ではなく、別の感覚が目の前の何かの感情を見張りに訴えてくる。その不思議な感覚は、きっと何かが言葉を発していないことと関係があるのだろう。
そう。光の球を頭に模したその何かは、口でしゃべっているのではなく、脳内に直接言葉を伝えてくるのである。
「……忌まわしい名前として伝えられているのか?」
見張りの心臓が跳ねた。
本来は焼けるほどに熱いだろう距離まで光に接している。見張りと何かの距離はそれほどまでに少ない。その距離にあって、見張りは顔が青ざめるほどに寒さを感じた。
目の前の何かの感情が、心を締めつけた。強い負の感情が見張りの心を荒らしていったのだ。
その負の感情は、目の前の何かに生じたわずかな感情だったのかもしれない。
「ふうむ、どうやら少し調べる必要があるな……」
強い負の感情に思わず吐き気を催した見張りは、その場で立ちくらみを起こして倒れそうになった。
何かは瞬時に手を伸ばし、その二の腕を掴む。
「あうっ」
「何だ、お前本当に弱いんだな」
返す言葉がなかった。
見張りにとっては未知の感覚だ。視覚や聴覚とは別の感覚器から得る情報が過多の現状は、言ってしまえば初めて船酔いになったような感覚に似ている。
見張りとしては身体の弱さゆえの立ちくらみだと恥じ入っていたが、しかしその感覚は人間にとっておよそ初めての感覚だ。ゆえに見張りがどれほど屈強だろうと、そうなる可能性は高い。
「しかし、この状態では外に行くこともできんな……」
何かがつぶやく。
「その状態で外に行くことはお止めください」
見張りはほとんど懇願するように言った。相手が自分よりも(どころではなく、自身がかつて出会ったどの生物よりも明らかに)格上の存在に対して、行動を制限させようなど、できるはずもない。
それでも見張りがそう言ってしまったのは、ほとんど反射に近い。人間とも魔獣ともつかない謎の何かが突然城内に現れれば、誰もが不審と恐れを抱くだろう。あるいは排斥しようとするかもしれない。
「顔が知られているか?」
「えっ?」
「ん?」
顔が知られている?
見張りは困惑した。顔どころか、その存在すら不確かなのに、目の前の何かは、自身の顔が知られていることを危惧している。
こんな人間離れした存在が、知られている訳がない。
「んんん?」
見張りの目の前にいる何かも、理解が追いつかないとばかりに混乱していたが、やがて納得したように頷いた。
「ああ、理由が別だったのか」
見張りは、その何かの姿形によって外に行くことを諫めた。しかし、目の前の何かは、諫められた理由を知名度によってだと思った。
なぜそんな思い違いが起こったのか。
その理由に気づいたのは、見張りの方だった。
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