盗人の城 06

「仕方ない。待っているとするか」

 目の前の何かは、しかしあっさりと引き下がった。

「そ、れは……?」

「待っててやるって言ったんだよ。というよりは今は情報が必要だ。お前の種々の反応を見ているとどうやらタジという存在は禁忌に近い名前になっているらしい」

 禁忌というよりはほとんど伝説なのだが、それを言えばいよいよ全てを伝えなければならなくなる。悪神に眠りの国の知識を与えたとあらば、いくら脅されたと言おうとも極刑は免れ得ない。それでなくともすでに会話をしていること自体が周囲から見ればかなり疑惑を持たれるだろう。

 もっとも、これ以上この目の前の不思議な何かとの関係をもったと他者に思われないようにするためには、この場から逃げる以外の選択肢はない。己の命と騎士の名誉を秤にかけて、どちらに傾くか。

 見張りには難しくない質問だ。

 命があれば、どこかで生きられる。

「どんな情報が必要なのですか?」

「……難しい質問だな。俺が質問できる範疇は限られている」

 何かは見張り室に一脚しかない椅子にふわりと座ると、机に肘をかけてくつろぎはじめた。

 机の上に載っているのは、皿に盛られたサフーの実。眠気覚ましの成分が入ったその実は、一つ齧るだけでかなり眠気の覚める親指の爪ほどの木の実だ。生でも美味いが、皮付きのまま炒って香りを引き出すとより眠気に効くし、旨味が引き立つ。

 炒られたサフーの実を、何かは無造作に数個掴んで、顔の、人間で言うと口のある辺りに放った。

「ん?何だこれ?皮付きか」

 そのままボリボリと噛み砕きながら、光球はサフーの実を食べる。

 その様子を、見張りは唖然としながら見ていた。

 どこに入ったのか、全く見えなかった。光の中に吸い込まれるようにサフーの実は消えて、どこからともなくボリボリという咀嚼音だけが聞こえる。これは脳に直接響いてくる言葉とは別に、耳が音を感知しているのが分かった。つまり、光球には確かに口があり、そこから物を食べるということだ。

「塩があると良いんだがな」

 おまけに味覚があるらしい。

「塩は、どこで採れる?」

「え?」

「塩だよ、塩」

 見張りには質問の意味が分からなかった。塩がどこで採れるのかなど、子どもでも知っている。

「塩なら、海で採れるんじゃあないですか?眠りの国に一番近い漁村はシシーラの村ですが、そこから塩が運ばれて来るんじゃないですかね」

「なるほど」

 まるで誘導尋問のようなのに、見張りには何を誘導されているのかが判然としない。

「シシーラの村、というのはどうやったら行けるんだ?」

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