光の届かない場所 15

 できると信じることができる。

 それは言葉にすれば簡単なことだが、実際に行うにはとてつもなく難しい。

 例えば、人は超高温の中では簡単に燃える。人間を構成する細胞には耐えられる温度があり、その温度を超えてしまえば、意思とは関係なく身体は朽ちる。人間を形作るあらゆるものは人間の意志とは関係なしにそこにあるものだ。

 なりたい自分になれる、というのは、結局人間社会においてどこまで努力と運を積み重ねられるかという一事に過ぎない。

 しかしタジにはそういった軛がない。言うなれば、彼が彼自身について強く信じたものは、必ずなる。それは不眠不休で数十日を働き続けることができ、呼吸をせずとも生きることができ、光放つ高温の熱線から身を守り、山川を己の肉体一つで破壊せしめる力だ。

 そのタジの信心を支えているのが、他ならぬ前世の約束だった。

 生まれ変わり、再び約束の彼女と巡り合う。

 そのためだけに、タジはこの生まれ変わりを生きてきた。転生する世界で生き残ってきた。

 また、出会える。

 それを信じているからこそ、タジはあらゆる難儀を飄々と乗り越えてきた。出会うことを信じて疑わないからこそ、出会わない今はまだ死ぬはずがない、越えられない試練であるはずがない、と立ち向かった。

「愛の力、だな」

「愛、ですか?」

 誰かを愛する力が力の根源だとでも言わんばかりのタジの言葉に、イロンディが眉を顰める。

「よく分かりませんが、人間が敵わない者に勝てないのは愛が足りないから、と?」

「そういうこった」

 と言っても、それはタジにのみ通用する論理だ。不満気な表情を見せるイロンディやムヌーグには、この世界の理の中で生きている。

「俺だけだがな。もし俺が万が一にも負けるようなことがあれば、それは俺の愛が敵の何かしらに敵わなかったときだけだ。そして、俺はその愛とやらで誰かに負ける気は毛頭ない」

「ずいぶんと、自信がおありなのですね」

「自分を信じることこそ、愛の最初の形だと思わないか?」

 タジはその場に屈んで、砂浜の砂を一握り掴んだ。

 立ち上がり、握った手をゆっくりと開いて、その場から離れる。

 砂は、タジが二人の前で手を開いてみせたその場所、空中に固定されていた。

「……これは?」

 ムヌーグが不用意に触れようとするのを片手を前に出して制すると、タジは固定されている砂の周囲を手のひらで撫でる。

「ムヌーグ。その剣先でこの砂に触れられるか試してみてくれ」

 タジの言葉に戸惑いながらも、ムヌーグは言われた通りにした。

 剣先が、空中に固定された砂の周囲に届こうかというその時。カキン、と高い音を鳴らして、剣先は空気に行く手を阻まれた。

「よし。これで、ミレアタンを止められる」

 予想通りの結果に、タジは口の端を意地悪く引き上げた。

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