光の届かない場所 08 回想01
気づいたら、深い森の中にいた。
差し込む光は深緑に彩られ、影の出来た場所は苔生し、近くに泉があるのだろうか、辺りは妙に寒々しい湿度で満たされている。とはいえ腐った水が留まっているわけではなく、清水の流れるような、清潔な空気で満たされていた。
タジの目の前には、一人の少年が不安そうにのぞき込んでいる。
「お母さま、何か変なのを見つけたんだけど」
少年は後ろを振り向いて、誰かに語りかけた。
「余計なものを拾うんじゃありませんよ」
遠くから、母親らしき声が聞こえる。
変なのとは失礼な、と思いながら、タジは身体を起こそうとする。
起き上がらない。いや、タジの身体だと思っていたそれは、全く別のものに形が変わっていた。
「でも、宝石みたいだったから……」
少年がもごもごと口を動かしていると、母親らしき女性が少年の肩越しにタジを見つめた。
「宝石?黒曜石っぽいけれど」
「ツルツルで、形が整っていて、いいでしょ?」
母親らしき女性が、タジを持ち上げる。
「あ、お母さま、さっき拾っちゃダメって言ったでしょ」
「いいの。……それにしても、自然にこんなキレイな三角形のものができるのかしら……?」
三角形?
タジは己の身がどうなったのかを考えた。
三角の形をしていて、黒曜石のように真っ黒で、表面がツルツルしている。
(トライアングルだ……!)
どうやら、タジは漆黒の正四面体へとその姿を変えているらしい。
体を動かせなかったのも、少年や少年の母親の姿がやけに大きく感じられたのも、自分の姿が人間の手のひらに収まる程度の正四面体に変わったからだった。
「それに、どこか不気味な感じがするわね」
「ブキミ?」
「そう。誰かに見られているような……すごく不安な感じがするわ。ブレダ、あなたはこれをどこでみつけたの?」
「どこって、ここだよ。変なことを言うけれど、そこの木が突然根元から光ったんだ。光は木の根元から水を吸い上げるように光を吸い上げて、葉っぱの一枚一枚に満たされて、ゆっくり消えていったんだ。そのあと、カランって何かが落ちてきた音が聞こえてね、ふとそっちを見たらその宝石みたいなものがあったんだ」
シシーラの村で出会った少年たちとほとんど年齢は変わらないように見えるが、ずいぶん理路整然とした話し方をする少年だとタジは感心する。
母親の方は、特に驚くこともなく、ブレダという少年の話に耳を傾けていた。眉間に力を込め、顎に軽く手をあてる。
それからブレダにも聞こえない程の小さな声で、つぶやいた。
「託宣……吉兆?凶兆?しかしその木は何でもない普通の木……いえ、聖なる泉の水が森全体を潤わせているのなら、この木もまた魔力を得た特別な一本……」
「お母さま?」
「この正四面体は一体何なのか……不気味だけれど、強い力が秘められている……もし、この正四面体から力を得ることができれば……我が子を、王に……」
母親の手に持たれていたタジの体、正四面体が、大きく脈をうった。
「キャッ」
母親は持っていた正四面体を思わず落としてしまった。長年をかけて積もった木の葉の上にガサリと落ちた正四面体は、ドロリと溶けて再び地面に染み入る。
「ああ、溶けちゃう」
「そんな!待って!待ちなさい!我が子を……!」
悲しむブレダと、激高する母親の顔を見ながら、タジは再び無意識の海へと沈んだ。
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