光の届かない場所 01

 何度、このやりとりを繰り返しただろうか。

 人は同じことを繰り返すと、自然とその動作に対しての記憶が薄れていくものらしい。無意識に何度も行う行為に対して、その回数や詳細を覚えているのは非効率だ。二日前に何度便所に入ったかなどをいちいち覚えておく必要はない。

 タジにとって、現在の日常はそれに近かった。

 繰り返す。……何度も繰り返す。

 塩辛い身体を洗うためにコンと共に沢へ行く。

 コンは手桶いっぱいに洗い物をもっており、それを洗う。

 タジはそうしている間に沢に入って塩辛い身体を洗い流す。

 ふいに眠気が襲ってくる。

 村の子どもたちが起こしに来る。

 コンと共に子どもたちを引き連れてシシーラの村へと戻る。

 村の中央、集会場に集まった人の輪に入ると、コンは再び手桶を持ってタジを沢へと案内する……。

 一日が何時間かなど、今の世界には全く関係がない。

 沢と村との往復が、まるで昼と夜のように入れ替わるだけだ。コンが人の形をした何かの中に入っていってタジが一人になる時間と、それから沢へ行って抗いがたい睡魔に襲われて眠りにつく瞬間とが、まるで昼夜を分かつ起点と終点のように存在するだけだ。

 こうして何度も繰り返される時間の中で、タジは腹も減らなければ眠気も襲ってこない。

 日常とすら言えない歯車の巡りのような時間。

 目の前の地面を掘っては埋めてを繰り返しているだけのような時間。

 次第に思考能力すらも鈍麻して、頭に靄がかかったような感覚に襲われる。

 最初は、色々とこの状態から脱するために試行錯誤した。

 まずは何より酸素ボンベの存在を調べなければならない。タジはそう思い、二度目に沢に行ったときにそれを探した。

 しかし、沢にその姿はなかった。大岩の林とでも言うような川岸を隅々まで探しても、それは見つからなかったのだ。

 コンに不審がられ、それから抗いがたい睡魔がタジを襲った。頭を振り、頬を張り、睡魔を追い出そうとしたが無駄だった。

 睡魔は、たった一回のまばたきでタジを眠りへと誘う。一際強い睡魔の波に襲われた次のまばたきで、タジの目の前には子どもたちが覗き込む姿が現れた。

 別の時には、タジはまばたきをしないように努力した。どんなことがあっても目をつぶらない、という意志は、逆に魔法をかける側からすれば恰好の餌食だったらしい。タジはあっという間に眠りについた。

 コンを人の輪に入れないように引き留めようとしても、シシーラの村へ帰ることを拒否しても、沢へ行くことを拒否しても、繰り返す時間の流れを変えることは出来なかった。

 手を変え品を変え、やれることは全てやった。

 万策尽きたとタジが思ったのは、繰り返す世界を認知してから何度目の事だったか。

 一挙手一投足に注意したとして、この繰り返しから逃れる術がない。

 諦めるタジを、中天の太陽が燦々と嘲笑っている。

「どうすればいいんだ……」

 もはや、自分が何者かすらも忘れて、ただ繰り返される時間の牢獄に完全に閉じ込められたと思ったその時だった。

 沢の中に再び、酸素ボンベが現れた。

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