沈まぬ太陽
イロンディがいれば、コンがタジの服を奪った理由も齟齬なく問い質すこともできただろう。とは言え、いない人間の技術に期待することもできないし、たらればで考えても意味がない。
シシーラの村に戻ると、子どもたちは思い思いに駆けてどこかへと消えていった。後に残ったコンは、手桶の荷物を確認してタジを振り返ることもなく、再び村の中央にできた人の輪の中に入っていく。
沢に行く前から、人の輪はずっとあの形だ。
「ずっと……?」
誰もが浅黒い肌をし、中心に身体を向けて下を向いている。何か縄を綯って網の補修をやっているようでもあり、あるいは一枚貝や日干しするための魚の処理をしているようでもあり。
その姿は皆全く同じ姿だった。
男も女もほとんど姿形は変わらず、やや茶色く焼けた黒髪を詰めて、同じように引き締まった背中を向けている。
「それはおかしいぞ」
タジは自分の頬を軽く張った。意識ははっきりしている。頬にジンと痛みがある。
しかし目の前にある景色は、どこかよそよそしい。まるで蜃気楼の中に揺蕩っているかのように、人々の姿はタジの目に皆一様になって届く。
「バカな」
タジはコンの姿を探した。
しかしコンはいなかった。正確には、誰かをコンだと認識したその瞬間に、コンの周囲にいる人たち……人の輪を作っている全ての人間がコンに見えた。
タジが意識して視線を向けた人間以外の人間が、全てタジの意識している人間だと錯覚してしまうのだった。
タジの視覚は、例えるならカメラが誰か一人に焦点を当てた時、残りの人間がボケただけでなく、その姿形が全て焦点を当てたその誰か一人になってしまうような状態になっている。
いずこかへ去っていった子どもたちも、きっと別の意味で風景に溶け込んでしまったのだ。
「……厄介な、魔法にかかったな」
それが魔法であるかを断定する手段はないが、解決の糸口も謎を解くカギも見つからない現状、それはタジにとって魔法と変わらなかった。
何が引き金となってこの状態に陥っているのか分からない。
いや、きっとミレアタンが引き金の一つであることに疑いはない。そう考えるものの、ではミレアタンのような超常の存在に対してどうやってこの魔法を解き、立ち向かうことができるのか、その筋道すらタジには立てられなかった。
タジの額に汗がにじむ。
太陽の光は依然、村に降り注ぎ、人と、家々と、鏡面と化した海を焦がしていく。
コンが人の輪から戻ってきた。
「さ、沢に行こうさ」
その腕に、手桶を抱えている。手桶の中には衣類や、さまざまな布が入っている。
「どうした?また洗いに行くのか?」
それならそれでよい。タジは沢に戻って酸素ボンベの詳細を調べたかった。
「また?タジは沢に行ったことがあるんけ?」
「はあ?さっき行って帰ってきたばかりだろ」
「そんなに塩っぽいのにか?」
コンに言われたその瞬間、全身の皮膚に塩が貼りついた。
「……おいおい」
「変なタジ」
タジは、太陽を睨みつけた。
燦々と照り輝く太陽は、一向に衰える気配がない。
「まるで時間の牢獄に閉じ込められたようだな」
ハハ、と乾いた笑いを浮かべつつ、しかし額に一筋流れる汗を拭うこともすっかり忘れて、タジは現状がこの上もなく危険なことを察した。
違和感の正体はそれだったのだ。
太陽が、沈まない。
時間と空間が歪み、認知する世界が歪んでいる。
「今までで一番デカい常識を、ブチ壊さなきゃなんないらしいな」
先を行くコンを無視して太陽を睨み続けるタジを、村の中央で輪を作る人々が、ジッと見つめているのだった。
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