凪いだ海、忘却の港町 70
結局、根負けをしてタジは褌をはくことにした。
子どもたちに巻き方を教えてもらいながら布を当てていくと、ちょうどよい締めつけで、ずれ落ちたりする様子もない。男性は女性とは違って上半身に纏わないということで、いよいよタジの身に着けるものは褌だけになってしまった。
貴重品など、元から持っていない。
わずかばかりの粒金や粒銅があったように思うが、それらもミレアタンと出会う前後でいつの間にかなくなっていた。
「そう言えば、コンはミレアタンという海竜を知らないか?」
手桶を小脇に抱え、子どもたちを周囲にまとわりつかせたコンが、一瞬、身を縮めるように固まった。
瞬き一つの間だった。すぐにコンは調子を取り戻して、タジに向かって無邪気な瞳で問いかける。
「ミレアタン?知らんのお」
「カイリュウ?ねぇね!ミレアタンって何?」
「カイリュウっていうのは海の流れさね、そんなことん知らんのか」
「あ、ボクをバカにしたな!」
「お前ら、ケンカはやめんか」
コンにまとわりつく子どもたちがケンカ腰になるのを諫めながら、コンはそそくさと歩き始める。
「ほら、タジも村さ戻ろうや」
ふり向くコンが見たのは、タジが全く見当はずれの場所を睨みつけている姿だった。
「……?何を見とるん?」
「……ああ、いや?何でもない」
確か、そちらには何もなかったはずだ、とコンは考える。
大岩がゴロゴロと転がっている川岸の、とある一部分にタジの目は釘付けになっていた。タジの視線の先にあるものをコンは見れなかった。形のさまざまな大岩の影に隠れてしまっていたのだ。
しかし例えそれをコンが目の当たりにしたとして、何であるかを理解することもなかっただろう。
滑らかな円柱をしたそれは岩よりも濃い灰色をしており、そのてっぺんには花が咲いたような取っ手と、そこから伸びる触手のようなものがついている。自然物とは思えない滑らかな円柱と、触手の作りだす質感。
それは人間の手で作られたものだった。
しかし、この世界の人間が作れるようなものだとはとても思えなかった。
(なぜあんなものが……?)
子どもたちに纏わりつかれ、手をひかれるタジの頭の中は、すっかりその物のことでいっぱいになってしまっていた。
誰かにそれを問う訳にもいかなかった。問うてはいけないような気がした。気づかれてもいけないのではないかと思った。
それは、水の中で息をするのに必要な酸素ボンベだった。
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