凪いだ海、忘却の港町 69
息苦しさで目が覚めた。
何が起こったのかと周囲を確認するまでもなく、タジの目の前には覗き込むようにして数人の子どもが、先ほどタジに自己紹介をした子どもたちが覆いかぶさっていた。
どのくらい眠っていたのかは分からない。ほんのうたた寝程度だったかもしれないし、あるいはグッスリ眠っていたのかも知れない。ゆっくりと子どもたちの頭をどけるようにして目を覚ますと、太陽は依然高く上っている。
どうやら、ほんのわずかのうたた寝だったようだ。
「コンねぇね!起きた、おじさん起きたよ!」
「何かぼんやりしてるさね」
「水かけてい?いい?」
「ダメよ」
目覚めたタジにはすっかり興味を失ったのか、子どもたちは揃ってコンの方へと向かっていく。先ほどまでタジと共にうたた寝をしていただろう彼女は、大岩をひょいひょいと巡りながら乾いた洗濯物を回収していた。真似をするように子どもたちが大岩から大岩へと飛び移る。
身軽で、危険そうな気配は全くない。年端もいかない子どもたちの身体能力はこういう場で磨かれているのだろう。自然が彼らの鍛錬の場だ。
本当に危険な場所に関しては、大人が立ち入らないようにしているに違いない。
「俺はどのくらい眠っていたんだ?」
立ち上がって大きく伸びをする。太陽の光を纏った体は、全裸体でも全く問題ないくらいの心地よさがあった。
「さあ、結構寝ていたんじゃないかね?」
コンはすっかり衣服をまとっていた。腰に巻いた褌と、前掛けのような簡素な布の上衣を身に着けて、小さくたたんだ布や衣類を手桶に詰めている。
「ほらさ」
タジは子どもたちに倣って大岩を飛び移り、川岸に降りて駅家に戻る。するとコンがタジに向かって乾いた布を放り投げた。
「褌?」
「着るものがないと、都会の人は困ろ?」
村人と同じような、腰の部分を隠すだけの簡素な布だった。
「いや、俺の服はどこだよ」
「洗った」
「乾いただろ?」
「乾いた」
「じゃあそれを返してくれよ」
「何でね」
「いや、何でじゃなくって」
「それでよかろ?村に入るなら村人と同じもんを着たほうがいいさ。な?」
コンは、タジの衣服を返すのをやんわりと拒んでいるようだった。
まさか、衣服を盗むためだろうか?タジは疑問に思うものの、しかし着の身着のままで眠りの国から追い払われるようにシシーラの村へとやってきたタジは、特別何か仕立ての良い服を着ているわけではない。
布質で言えば、褌用の布よりはいくらか良いだろうが、それが村の生計の足しになるわけもない。
「返してくれないのか?」
「……?」
タジの再三の質問に、コンは首を傾げる。それとも何か、この村の常識になるような特別な儀式の一つなのだろうか。
疑念は深まるばかりだ。
「おじさんさ、服はシシーラの村の人と一緒の方がいいよ」
「ウチもそう思う」
「オラも!」
何か、おかしい。
コンに出会ってからと言うもの、常に妙な歯がゆさが募る。常識がズレている、話が通じない、そういった人間関係の齟齬とは別の、何かもっと根本的なズレが、タジの意識の奥で疑念の小波を立てていた。
しかし、それに目を凝らそうとしても、全く見えない。何が小波になっているのかもわからない。
「変なのは、タジだやね」
コンがわずかに眉間にしわを寄せながら言った。
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