凪いだ海、忘却の港町 68
洗濯したものを乾かすのに、物干しの竿も台も必要なかった。
その辺にある大岩は、どれも川の上流で見られるような、急流に押し流されたようにゴツゴツと角張ったものばかりだったが、それらの作りだす平面の上に布をポイと放り投げておくだけで、たちまち衣服は乾くのだった。
燦々と照る太陽の光が、タジをポカポカと温める。
コンに唯一着ていた服を洗われてしまったので、タジは乾くまでのんびりと日向ぼっこをする他にしようがなかった。
全裸体を大岩の平面に投げ出すと、にわかに眠気が襲ってきた。
太陽の光が、全身を優しく包み込んでいる。これから寒くなっていく予感を孕んだ風と、雲一つない青空に浮かんだ太陽の熱とが、全身をゆったりと温めるのだ。
「眠くなるの、分かるわあ」
首だけを持ち上げて声の方を見ると、洗濯を終えて衣服が乾くのを待つのみのコンもまた、同じように全裸体を大岩の平面に預けて日向ぼっこの格好だ。
浅黒く、引き締まった肌。呼吸をするたびに腹筋がふいごのように上下に動くのが見て取れる。
その姿を見て、タジはなぜか爬虫類を思い起こした。川面に上がった爬虫類が、己の体温を上げようと岸で日に当たっているような、そんな姿。
自分も同じ姿なのは分かっていても、コンの姿とはしかし違うような気がした。
「ゆっくり眠るとええよ」
首を回らせたコンと目が合った。薄く開けられた目は今にも閉じてしまいそうで、頭を撫でられる猫のように気持ちがよさそうだ。あるいは、頭を撫でられる爬虫類のように、と言った方がよいのだろうか。
気持ちよさそうな顔を見ていると、思わずタジもゆったりと目を細めてしまいそうになる。脳の奥がジンと痺れて、抗いがたい睡魔が体内を満ち潮のように満たしていく。
太陽を信仰するあの国を『眠りの国』というのはそういう事なのかも知れないと、抗いがたい睡魔に襲われながら、タジは思った。
春の日射し、あるいは秋の日射し。
包み込むような温かさが、抗いがたい眠気を誘う。誘われた人々は、恩恵を受けるように眠りにつく。
夜になったら眠らなければならない、という意味ではなかったのだ。
「抗いがたい……」
まどろみの中の思考から泡のように浮き出た言葉は、水底でウデカツオ相手に放ったときのように、ふわりと空に浮かんで弾けた。
コンはと言えば、既に寝息を立てている。安らかな寝息と、爬虫類の皮膚のように浅黒い彼女の腹の動きが、ゆったりと同調している。
「何だあれは……?」
まどろむタジの視界に、何か現実離れしたものが見える気がする。
しかし焦点は合わず、まぶたは重く、意識は途切れ、思考は混濁する。何も考えられない。何も分からない。
そのまま、タジは眠ってしまう。
遠くで、鐘の音が鳴っているような気がした。
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