凪いだ海、忘却の港町 67

 シシーラの村から海岸線にそってかなり歩いたところに、一筋の川が海へと流れ込む汽水域があった。

 決して幅の狭い川ではないものの、それでも海へと流れ込む川にしては狭さを感じる。人二人が両手を広げると反対岸に届くのではないかと思われるほどで、それはニエの村の真ん中を通る川よりもずっと狭い。

 川の流れは相当に速く、そのため水は下流域だというのにかなり澄んでいた。山間に流れる清水のような清らかさに、凪いで塩分濃度の高くなった海水がぼんやりと溶け込んでいる。

「こっから更に少し上流に進むと小屋があるんよ」

 言われるまま、導かれるままに進むと、防風のために植えられたと思われる背の高い広葉樹の並ぶ川辺に、一軒の小屋があった。

 小屋というよりは無人の駅家のようなもので、柱と屋根、それから手水場のついた施設とでも言うべき場所だ。

「村のもんは漁を終えて魚を始末するとみんなここで水浴びをするんよ」

 コンはおもむろに服を脱ぎ始め、タジの前で全裸になった。

 着ていた衣服も塩がふいていたので、ついでということらしい。

「裸を見られるのは恥ずかしくないのか?」

「何が恥ずかしいね。ああ、そう言えば都会の方じゃ裸は恥ずかしいって言われてんだっけか」

 生まれたままの姿に手桶一つ持って、コンは川へとザブザブ足を踏み入れていく。

「タジも早く来ぃな、気持ちいいやって」

 手桶に水を掬い上げ、頭からかぶる。馬のように頭をふって真水を吸った髪がコンの浅黒い肌に貼りついた。

 水滴がコンの肌を流れていく。タジが衣服を脱いで川に入るころには、コンの身体から塩分がだいぶ落ちていた。

 ひんやりと冷たい川の水は、流れが速いからというのもあるだろうが、これから訪れる寒い季節への時の流れを思わせる。もう少しすると、眠りの国には短い寒波がやって来るというが、どれほど寒くなるのかはタジには分からない。

 バシャッ、とタジの顔に水がかかった。

 物思いにふけっていたタジに向かって、コンが手桶で水をかけたのだ。

「どうじゃ、気持ちよかろ?」

 コンはよく笑う。子どものように無邪気に。

 歯を見せて笑うコンにタジが思わず顔を綻ばせると、彼女は満足して岸に上がった。

 それから今度は、駅家の机に置いてきた衣類を手桶に移して川辺の手ごろな岩に腰かけ、鼻歌を歌いながらのんびりとそれらを洗い始めた。

 川水の滴り、濡れて肌に貼りついていた髪の毛は、太陽の日射しでみるみるうちに乾いていく。

 タジの身体もまた、塩が抜け、しばらく陽光を浴びているうちに川の流れに浸かっている足首から下辺りを除いて、たちまち乾いていった。

「あ」

 よく見れば、タジの着ていた服も、全裸体のコンが手もみ洗いをしていた。

「何ね?一緒に洗ってしまえばよかろ?」

 小首を傾げるコンに、タジは何も反論できなかった。

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