凪いだ海、忘却の港町 42

 魔獣に操られていないことを証明する方法はたった一つ。

 海竜ミレアタンに対してタジが無慈悲な態度を貫くことだ。魔獣と人は相容れないという思想の下、太陽の御使いとしてすべての魔獣を討ち倒すこと。それこそがタジに求められる姿勢であり、そして魔獣に操られていないと証明する手段であった。

「タジ様は、人間と魔獣が互いに歩み寄る世界が可能だと?」

 ムヌーグが問う。

「そんなことは、俺ではなく国が信仰する神にでも聞いたらいい。俺は俺が思うままに行動するだけだ」

 タジがムヌーグの問いに明確に答えれば、その咎が彼女の身の上にまで及ぶ可能性があった。もっとも、多少明言を避けたところで、こうして関わり合いをもってしまえば、それがどれほどの影響を与えるかは分からない。

 タジには、この国にしがみついて生きるだけの理由がない。

 それはエダードが指摘した通りで、この国にだけ縛られていたとしても、タジ自身の目的を果たせるかどうかは定かでないからだ。もっと言うと、国家の軛に縛られずとも悠々と生きていけるだけの強大な力があるからでもある。

 その点で言えば、タジという存在はむしろ魔獣に近い。

 その強大な力を他人のために使うことで、タジはこの国から信頼を得てきた。得た信頼によって動きやすくなる面もあったし、逆にその信頼が別の厄介事を持ってくることもあった。

 それが社会というものだ。

 その社会には社会を形作るための共通文化が必要で、それは例えば夜は働いてはならないだとか、太陽を神として崇めるべきとか、魔獣に与することは許されないだとかである。そして、これを守れないものは、その社会から爪弾きにあう。

 要するに、タジが王に進言したことは、憎むべき敵を憎まず、国家を形成する共通文化をブチ壊そうとしたことと同義だった。

 統治者として、それを許すわけにはいかない。そういうことだろう。

「来てくれたことには感謝する。荷物を持ってきてくれたことにも。それと、できるならもう一つ、俺のワガママを聞いてくれるか」

「国の危難を幾度となく救ったタジ様の願いであれば何でも」

「イロンディを、眠りの国で生活できるよう匿ってくれないか」

 イヨトンに口を押さえられていたイロンディが身じろぎした。必死に何かを訴えようとしているものの、その行為をイヨトンが制する。騎士の中では弱いとは言え、それでも一般人に比べたらその膂力は常人離れしている。

「彼女は俺と違って、人に交わらなければ生きていけない。魔獣に操られている、という言い方は方便だろう?どちらかに『魔獣に与している』という罪をなすりつけてしまえば、片方は許される。もちろん、それなりの手続きは必要だろうが、白鯨の騎士団の後援をしている教会が認めれば国王も認めるんじゃないか?」

「タジ様は、それでいいのですか?」

「イロンディを普通の生活に戻すには、それ以外に方法はないだろう?」

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