凪いだ海、忘却の港町 40
美しさというものは、時に冷徹な輝きをはらむ。
銀を散りばめたような星空を背負うムヌーグの姿はまさしくその言葉通りで、その居ずまいは、タジの喉元にあてられた剣先のように、鋭く、冷ややかだった。
「タジ様は私の技術をご存じのはずですよね」
身じろぎ一つせず、タジを冷徹に見つめるムヌーグの後ろから、声を潜めたイヨトンが現れた。後ろから出てきた彼女の技術については当然知っている。しかしそれがどうしてムヌーグも同じように存在を消すことができたのか。
そこまで問いを組み立てて、タジが事の真相に気づくのと、イヨトンが答え合わせをするのは同時だった。
「そうです、私の技術は他人を巻きこめます」
他人一人程度であれば、イヨトンはその存在を薄めて周囲に気づかれないようにすることができる、ということだった。つまり、タジがこの穀倉地帯にイロンディと共に身を潜めるどこかの段階で、既にムヌーグとイヨトンは二人を見つけて潜んでいたのだろう。
「イロンディさん、これを」
微動だにしないムヌーグとにらみ合いを続けるタジの二人をそこそこに、イヨトンは麦穂の間に隠れて色を失うイロンディに向けて、その目の前に大きな荷物をドサリと置いた。
宿に置いてきたイロンディの荷物だった。
「あの……これは?」
目の前に自分の荷物が置かれた衝撃で我に返ったイロンディが、突然現れた見覚えのない騎士であるイヨトンに尋ねた。
「あなたの荷物ですよね」
「それは、そうですが」
自分の荷物とイヨトン、そして剣呑な雰囲気の二人を交互に見つめながら、いまだに何が起こっているのか分からないと言った様子で、とりあえずその荷物を抱えるように引き寄せた。
イロンディが理解できないのは、これほど剣呑な雰囲気になっているというのに、二人の間に流れる一種信頼の空気が崩れる気配がないからであった。
「タジ様」
どれだけの間、見つめ合っていたかは分からない。
ムヌーグは、静かに告げた。
「イロンディさんに、知性ある魔獣の疑いがかかっています」
青天の霹靂。
剣先を突きつけられたタジは声を上げることはできなかったが、代わりにイロンディが驚きのあまり大声を出しそうになった。
それをイヨトンが制す。口を片手で押さえて、荷物を抱きとめていた二の腕を体ごと締めつけるように固める。
「王議は、イロンディさんとタジ様を排斥する方向で話が決まりました」
タジが目を見開く。
そんなまさか、という思いと同時に、そう来たかという妙な納得も覚えてしまう。
「……ここまで聞いても、タジ様は口を開きませんか」
タジが剣先を指でつまんでわずかにずらした。
「そりゃあ、喉元に剣をつきつけられたら喋れないだろうが」
できるだけ口は動かさず、他の誰にも聞こえないくらいに小さな声で。
「予想していたのですか?」
「いいや、あまりのことに思考が追いつかないだけだ」
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