凪いだ海、忘却の港町 37
シシーラの村が魔獣と何らかの共生関係にあることは銀貨の流通を鑑みれば疑いようはない。それまで外部に出回ることがなかった銀貨がイロンディの手に渡ったのは偶然なのか、それとも……。
「いずれにせよ、シシーラの村には速やかに再調査のために行く必要がありそうですね」
イロンディが気を引き締めた。村に向かうことはタジも全く異論ない。むしろ目的がより明確になったとさえいえる。
「一つだけ疑問があるとすれば、その銀貨が海竜ミレアタンとどのように関係してくるかということです」
ムヌーグが軽く握った拳を口に当てた。
「魔獣間に流通していたとあれば、ミレアタンも使っていたと考えるのが妥当だとは思うがな」
知性のある魔獣が、その銀貨を用いて何を商いするのかは興味深いところではあった。ましてや海竜ミレアタンは強大な力を持つ水棲の魔獣である。生態も謎なら銀貨をどのように所持するのかも謎である。もっとも、強大な力を持つエダードが人間に化ける手段を持っていたことを思えば、ミレアタンが同様に人間の姿形を象らないとは考えづらい。
「そして、現時点ではミレアタンもまたこの銀貨を使っていただろうこと以上については考えるだけ無駄だ。直接会って話した方がよほど良いだろうな」
これ以上は、実際にシシーラの村に行ってみないことには分からない。
だとすれば一刻も早く村に向かうべきだった。ミレアタンと銀貨の関係を探り、シシーラの村の謎を解く。あわよくば、ミレアタンに交渉をして、凪の海を解放し元の健全な状態に戻してもらう。
村の交易路を確立させるのは、それからでも遅くはないはずだ。
「では、シシーラの村にはすぐにも出立するのですね」
念を押すようにムヌーグが尋ねる。
「ああ、そうだな。できるだけ早い方が良いだろう。ムヌーグも何か準備があるだろうし、着いてくるというのなら、用意は早めにしておいてくれ」
「……そうさせていただきます」
短く答えると、ムヌーグは軽く会釈をして立ち上がり、その場を去っていった。
その後ろ姿を、静かに横たわるイロンディがジッと見つめていた。遠くで待機していた紅き竜は、大きなあくびを一つすると、翼を広げて棲み処の洞穴へと帰っていった。
「タジさん」
「どうした?」
イロンディの言葉の調子が、妙な決意に彩られていた。
言いづらいこと、伝えづらいことを、伝えるべきか迷っているような雰囲気である。数瞬、目を泳がせながら、しかし決意するように顔を上げる。
「……ムヌーグ殿は、何か隠しております」
「何か……?」
「ええ。タジさんが『シシーラ村へはすぐに出立する』と答えた後、ムヌーグ殿の様子がわずかに変わりました。何か、重要なことを話さずにその場を去ったように感じます」
その感覚はイロンディの技術からくるものであれば、まず間違いなく何か隠しているのだろう。
しかしそれが何であるかは、タジには見当がつかなかった。
否。唯一考えられることについては、タジは選択肢としては考えたくないものだったのだ。
「ムヌーグ殿は、最初から国王側の偵察だったのではありませんか?」
だからこそ、ムヌーグと出会って日の浅いイロンディが切り出さなければならなかった。
「いや……違う、と、信じたい」
タジの言葉切れが悪くなったのは、それを断じて否定するには、ムヌーグが理知的すぎた。どこに信頼の比重を置くかなど、当人にしか分かるはずがない。
「とはいえ、今日からしばらくは俺のそばを離れない方がいいだろうな」
ムヌーグが何か行動を起こすのであれば、おそらくタジたちの準備の終らない早いうちだ。
今夜か、あるいは翌日か。
「準備は出来ているか?」
「大体は出来ております。覚悟も」
その覚悟の内容についてまでは、さすがのタジも問えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます