凪いだ海、忘却の港町 35
その煙は、魔獣を倒した時に生じる魔瘴が抜けていくそれによく似ていた。
タジが紅き竜に向かって炎を吐くのをやめるように念じると、紅き竜は口を閉じるようにして火勢を弱めた。
炎の中から無傷のタジが現れるのを、イロンディを避難させたムヌーグが驚きとともに見つめていた。
「タジ様……?」
炎に包まれていたタジが生きているかどうかすら定かでない。ムヌーグが恐る恐る話しかけると、タジはケロリとした様子で二人の方を向いた。
「燃えてなくなっちまった」
「え?」
「ああ、今ちょっと熱いから近づかない方が良いぞ」
タジが忠告するものの、周囲は地面から煙が出ているほどである。ムヌーグがイロンディを引き連れて後方へ飛び退いた距離は相当のものだったが、それでもイロンディは隣で額に玉のような汗を浮かべている。
「近づけませんよ。というか、熱いんですか」
「俺自身がな」
周囲の地面はブスブスと煙を上げているのに、当のタジは全く焼けた気配がない。それでも自身が熱くなっていることは分かるというのはどういう状態なのだろうかと訝しむものの、そもそも炎に耐える生身の肉体というのも意味不明であるし、タジの身に着けた衣服が全く燃えていないのもおかしい。
熱に対抗できる強力な魔法がかかっているのだろうかと推測するものの、タジは魔法について何も知識がなかったはずだ。
「しかし、何というか……困ったな」
タジの言葉でムヌーグの思考は現実に引き戻される。呟くように言うタジの言葉だったが、周囲に物がないからか、遠くにいても妙にはっきりと聞き取れた。
「何が困ったのですか?」
熱に意識が朦朧としているイロンディに塩と果糖を含んだ水を飲ませながら、ムヌーグが問う。タジは確かに銀貨を持っていたはずだ。困っているというのならば、まずその銀貨に対する困惑と見てとって良いだろう。
「銀貨が蒸発した」
タジは体内にこもっていた熱を吹き飛ばすように体を大きく二、三度震わせると、二人に近づいた。まだ幾分熱さは残っているものの、焼け石よりは冷めている。タジに触れれば火傷は免れないだろうが、その辺りは注意するしかない。
近づいて、手のひらを二人に向けて広げてみせる。タジの手の上には何も乗っていなかった。
「蒸発した、って……」
「正確には『煙を出して消えた』だな。銀が状態変化したというよりも、魔獣から魔瘴が抜けるような煙の出方をしていた。銀貨を装った魔瘴の塊だった可能性があるな」
「そんな、まさか」
「可能性としてはあっただろう?貨幣は元々『誰に対しても一定の価値を持つ』ものが材料に選ばれやすい。金銀なんかの希少価値がある金属が貨幣の材料に選ばれるのはそういう理由からだ。だとすれば、魔獣にとって一定の価値がある魔瘴が貨幣の材料として選ばれるのも納得できる」
「それを納得するには、一つ前提となる考えがあるはずです」
「その通りだな。つまり、この貨幣は魔獣が作り、魔獣の間で流通している銀貨のようなものだ、ということだ。確定だ」
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