凪いだ海、忘却の港町 21

 この国における脅威は他国の外交ではなく、魔獣による襲撃である。魔獣は眠りの国にとってほとんど蛮族と同義であり、不倶戴天の存在でもあった。

 その理由は、かつてニエの村で魔獣を討ち倒したタジには痛いほど理解できる。魔獣側が人間よりも生物としての強度が強く、それに対抗する人間側の長所は「群を形成する」ことと「組織だって動く」こと。であれば、人間同士で諍いを起こしている場合ではなく、駆逐すべきはまず魔獣である。

 太陽の御使い、という救世主のような存在を擁することは、眠りの国にとって他国に対して優位を示せるだろう。そして今また海を脅かす巨大な海竜ミレアタンを眠りの国の者が討ち倒したとあれば、友好国に対する示威行為としてはこれ以上ない。

 もっとも、そんな外交上の駆け引きが今のタジに直接的に関わってくる訳ではない。そのこと自体は王が副次的に政治利用すればよい。

「少し、考えさせてはいただけませんか?」

 タジは、椅子に深く腰掛ける二人の王に向かって決然と答えた。

 表面上は問いの形を成してはいたが、海竜ミレアタンを打倒するだけの武力をもっているのはタジのみである。タジが従わなければ、海竜に対処するにせよしないにせよ、そこにかかる掛け金は悪戯に膨らむばかりなのは二人の王も理解していた。

「少しとは、いかほどか」

 有無を言わせぬ申し出に、レダ王がグレンダ王に代わって譲歩を引き出そうとする。

「邪魔さえ入らなければ、翌日までで」

「昨日今日で解決できる問題ではないからな、そのくらいなら誤差だ」

「もし、タジが海竜ミレアタンを討ち倒すと決心がついたときには、シシーラの村へと船の建材を運ぶための道を引かねばならないからな」

「それは早いうちに始めてしまった方が良いのではないですか?」

「僭越ながら、私もタジさんと同じく思います」

 タジに同調するように、イロンディが答えた。

「シシーラの村の生活が貧しいのは、村からポケノ、そして眠りの国へと通じる交易路が確保されておらず、また船の建造に必要な木材が輸入に頼らざるを得ず、高騰していることが原因です。シシーラの村周辺に植林地を設けるか、あるいは交易路を整備し、行商人の行き来を活発にしなければ、早晩シシーラの村は無人の村となってしまいましょう」

「そこまでシシーラの村は衰退しておるのか」

「なぁに、イロンディの言うことが正しければ、村自体は豊漁が続いているんだろう?それでも生活が成り立たないというのは、交易が滞っているのが原因だ。村内においてのみ、謎の銀貨が流通しているのが何よりの証拠」

「確かに、内陸地には流通していない銀貨だからな」

 貨幣が信用で成り立つものである以上、錆びれた村でしか価値の通用しない銀貨など、誰が欲しようか。

 シシーラの村は、かつてのニエの村と同じように、どん詰まりの村なのだろう。

 違う点は、ニエの村が魔獣によって害を加えられていたのに対し、シシーラの村は自然によって害を被っている点である。

「旨い海魚が眠りの国で安く食えるようになれば、それは十分すぎる利点だと思いますがね」

 タジの言葉に、二人の王はムムムと唸るだけだった。

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