凪いだ海、忘却の港町 20
「タジよ。そちならば海竜ミレアタンを倒すことは可能か?」
グレンダ王から話をふられたタジは、イロンディと同じように首を縦に振った。
あまりにあっさりと首を縦に振るものだから、グレンダ王が逆に訝しむ。
「そんなに安易に倒せると答えられるのか?」
「倒せるか?と聞かれれば倒せると答えますよ。それが、俺が太陽の御使いと呼ばれるゆえんですし、倒せると答えるのが俺の力の根幹ですから」
持って回った言い回しではあったが、タジの瞳に一点の曇りの無いことを見てとると、グレンダ王はそういうものなのかと納得するしかなかった。
魔獣側の能力が未知数である以上、持ちうる最強の手札を切るしかないという点では、レダ王もまたタジを頼るしかない。
もっとも、レダ王の場合はより単純に、タジを扶養している分は働かせたいという気持ちも、なくはなかった。
「それでも、地の利がその海竜ミレアタンとやらにありすぎるのは否めませんね。水中で呼吸ができるほど俺は人間離れしていませんし、イロンディの言葉が本当であれば、船を守って戦うには、その魔獣はあまりに巨大すぎる」
タジの言葉の裏には、船を守らないでよいというのであればやり方はある、という理解が潜んでいた。それを直接言葉にするには、不確定要素が多すぎることもあり、タジはあえて直接的に語りはしなかったが、当然、言葉の裏を読むことにかけては権力の頂点に立つ者、理解が早い。
「櫂船から小舟を出して、タジを一人残すとなれば?」
「グレンダ王は俺にミレアタンを倒してそのまま野垂れ死ねとおっしゃるので?」
櫂船ならば、帆と櫂の推進力によって、十分な機動力を得られる。タジが船が足手まといになるというのならば、小舟にタジを乗せて大海にポツンと放り出せばよい。
「グレンダ王、それはいささかタジの価値を軽んじている」
レダ王が告げる。
四人の王の間における己への心証は多様なのだろうという確信をタジは得た。結論となる意見が割れることはないとしても、そこへ至る道筋が違えば、それぞれに見える景色が違い、よって結論へ至る待遇も異なる。
この場においては、タジが海竜ミレアタンを打倒するのは結論だ。しかしそのためにはいくつかの障害を突破しなければならない。その障害への対応や、結論のその後のことなどは、それぞれの王で意見が異なるのだ。
「倒せ、と言われれば倒しもしましょうが、しかし一つ質問がございます」
タジの言葉に二人の王が目を向ける。
「何だ?」
「眠りの国は、なぜ、遠く外海の魔獣、海竜ミレアタンを討ち倒さねばならないのでしょう?」
「それは、私が持ってきた銀貨の調査のため……」
「いや。銀貨の調査を目的とし、外海の向こうに他国を探すというのであれば、まずはミレアタンの生態を調査し迂回航路を見つけるのが最も楽だ」
「イロンディが言っていただろう?シシーラの村は非協力的だと。彼らが凪の海を魔獣から解放するのを望まぬ以上、我々は独自に……」
「独自に?」
「調査隊を送ってミレアタンを調査するよりも、タジに打ち倒してもらい、外海の平和を確保してもらった方が我々としてはありがたいのだ」
言葉に窮するグレンダ王の代わりに、だしぬけ、レダ王が答えた。
「まあ、それが本音だよな」
タジはレダ王の庇護下にあることを、改めてありがたいことだと感じるのだった。
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