凪いだ海、忘却の港町 16
翌日、タジはイロンディを連れて王との謁見に向かった。
レダ王のみの謁見かと思ったら、イロンディの直接の雇い主であるグレンダ王も同席することになった。
一つしかない特注の玉座は、魔石の散りばめられたもので、謁見をするときには一人の王がその玉座に座るのだが、複数の王が謁見に臨む場合はそれができない。別の玉座を用意すれば、そちらに座らなければならない王は格が低いと見做されることを怖れるので、基本的に複数の王が謁見に臨むことはあり得なかった。
とは言え異例の事態は常に起こり得るものだ。
そういう場合は、一つの玉座を空にして、王たちは別に用意された玉座に座るのが習わしになっていた。
今もまた、タジとイロンディが床に片膝をつきながら謁見に臨むその御前には、レダ王とグレンダ王が揃いの玉座に座っていた。
「報告は届いている」
グレンダ王が静かに告げた。筋骨隆々で、騎士を統べる王と言われるレダ王に比べると、グレンダ王は草食動物のようなスラリとした印象である。常に周囲を見張り、観察する目と、人間の意志を嗅ぎ分けるかのようなよく通った鼻筋が印象的だ。
「報告はしていたんだな」
小声で話しかけるタジに、イロンディは一瞥し「当たり前です」と小声で言った。
「どうやら見知らぬ銀貨が流通していたとか」
「その通りでございます」
イロンディが視線を上げて答えた。
「私の力及ばず、その銀貨の出所については分からずじまい……もしやかつて眠りの国において流通していた貨幣かも知れないと思い、こうして戻ってきたのでございます」
「なるほど。して、その銀貨は」
「こちらに」
イロンディが銀貨を数枚、掌の上に乗せて掲げると、脇に待機していた衛兵の一人が取り上げて、二人の王の下へと運んだ。
「ふむ……確かに見たことがない」
「俺も見たことがないな」
グレンダ王に続いてレダ王も答える。
「他の、例えば最も在任期間の長い王が知っているということはないのですか?」
この国には、歴史という概念がない。
それはこの国の来歴や、建国の礎などが詳しく分からないということだ。過去は常に過去であり、現在を生きる者がその生を全うしてしまえば、伝わらない知識が出てきてしまう。そういう危うい均衡の下に作られているのがこの眠りの国だった。
銀貨についての知識がないのは、過去を持たない眠りの国だからこそかもしれない。だとしたら、せめても最も在任期間の長い王に問うて、記憶を探らせようとタジは考えたのだった。
「残念だが、私が最も在任期間が長いのだよ」
グレンダ王が答える。
「では、銀貨鋳造に関わる長老とでも言うべき存在は?」
「いることはいるだろうが、タジよ、俺はこの銀貨が我が国の銀貨ではないと断言するぞ」
銀貨の過去を知る者に問おうとするタジの思考をはねのけて、レダ王が言った。
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