凪いだ海、忘却の港町 17

「古い貨幣を探し回れば、それこそ市井の死蔵する貨幣なんかをくまなく探して見れば分かることだろうが、眠りの国の貨幣に使われる意匠はどれも太陽だということが分かるはずだ」

 人に聞くよりも実際に自分の足で貨幣を集めれば良かったのだ。とはいえ、昨日の今日で貨幣を探し回るなど、労力を思えば考えたくはないし、こうして王が断言しているのだから、それを無視する必要もない。

「レダ王は、昔の貨幣を見たことが?」

 タジが問うと、レダ王は妙に居心地の悪い顔をした。

「まあ、一応は、な」

「一応?」

「タジよ、レダ王は私に遠慮をしているのだ。王は自由に振る舞い民草の中に交わり、染まってはならないというのが通例だ。死蔵する貨幣を見たことがある、となれば、レダ王がいかに王の公務の中をかいくぐって民草の間にお忍びで姿を現しているかが分かろうというもの」

 要するに、他の王を前に民草が未だ内緒に使っている、あるいは隠し持っている古き貨幣の存在をレダ王が知っているというのは、王の姿としてはあまり相応しくなく、従って他の三人の王に気づかれると具合が悪いということだ。

「言わんとすることは分かりました。これ以上は問わず、ただ信じましょう」

「助かる」

「レダ王の話はさておき、確かに眠りの国の貨幣と言えば、その意匠に太陽の紋様が使われているはずだ。だとすれば、この竜の描かれた貨幣は、別の国のものだと考えられる」

 グレンダ王はきっぱりと言った。

「眠りの国以外の国というのは、具体的にどのくらいあるのでしょう?」

「我々が国交を結ぶ国はそう多くない。安堵の国、炎の国、遠き異国に慈愛の国……」

「慈愛の国だけは聞いたことがあるな」

 タジが受けたとある依頼で一度だけ話題に出たことがあった。その他の国は聞いたことがなく、タジは己の行動範囲が殊の外狭いことに驚いた。

 確かに、眠りの国を出て別の国へと向かうことを考えなかったわけではない。ただ、妙に食指が動かなかったのも事実だ。それを指摘したのが、眠りの国一帯における伝説の魔獣とも言うべき、紅き竜エダードのみであるというのがまた皮肉が効いている。

「安堵の国とは海のような大河を、炎の国とは一度迷えば二度と出てこられないほどに深い密林を境にした隣国です。隣国とは言え、眠りの国に比べれば小国。友好関係にはあり、国交も結ばれてはおりますが、人の交わりは多くないのが現状です」

 二人の王ではなく、イロンディが説明をする。確かに、世界を股にかける地図師としては、己の矜持とも言える話題だった。

「慈愛の国に関しては知らんが、安堵の国と炎の国には銀貨はない。銀を産出する鉱山がないのだ。そのため、金貨や銅貨を使う」

「お誂え向きに、銀貨が謎めいてきたな……」

 タジのつぶやきに、イロンディが横で深く頷いた。彼女は、既にそこまで理解して、なお報告と一縷の望みをかけて謁見に臨んだのだった。

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