凪いだ海、忘却の港町 04

 あまりに大きな声で笑うもので、いっそタジはすがすがしさすら覚えた。確かに、太陽の御使いという言葉を、その意味を知っていてなお見知らぬ誰かがそれを呼称するとすれば、それは狂人か詐欺師だろう。

 だとすれば、タジ自身がどれだけ言葉を並べ立てたところでそれを信じてもらえるわけもない。最初から信じられないような言葉であるのならば、いっそのこと冗談として笑い飛ばしてもらった方がよいだろう。

「まあ、冗談はさておいて、だ」

 目尻に涙を浮かべて笑うイロンディに話しかける。

「この辺りは竜巻が不規則に現れて危ないだろう?のんびり話もできないから、場所を変えようじゃないか」

「ハァ、ハァ。そうですね。太陽の御使いサマの言葉に従います」

 自分で言ってさらに吹き出すのだから、よほど笑いのツボに入ったらしい。やれやれと片眉を上げて、タジは虹の平原にある騎士団の駐屯地を提案した。

「ちょうど、人界に戻ろうとしていたところです」

「イロンディは、今までどこにいたんだ?」

「その辺りの話も私の職業と関わってくることですし、話すと長くなりますので、タジさんの言う駐屯地に行ってからにしましょう」

 イロンディは笠を被って杖を握り直し、直立の姿勢になると、壊れかけの機械人形のような不思議な歩法で歩き始める。ぎこちない歩き方の割には、スタスタと早歩きのような速さであり、彼女が突いた杖の跡もまた一定の距離を保っている。

「場所は知っているのか?」

 不思議な歩き方を興味深そうにながめるタジを置いて、イロンディはどんどん歩いていく。確かに彼女の歩く方角には駐屯地があるはずだが、あてずっぽうでそちらに進んでいるのかはタジには分からない。

「チスイの荒野の旧本拠地が駐屯地であれば、こちらの方角であっていると思うのですが」

 先を進むイロンディはタジを振り返ることもない。小走りでイロンディに追いつき、その手に方位磁針でも持っているのかと確認するものの、彼女の手には杖だけが握られている。

「間違っていますか?」

「いや、アンタの言う通りだよ」

「アンタって言い方、止めてもらって良いですか?私は自己紹介しましたから」

 どこかで聞いたことがある台詞だ。己の学習能力のなさに辟易しながら、タジは謝って訂正する。

「いえ、こちらこそ細かいところをすいません。ですが、仕事柄、女性ってだけで舐められたりすることもありまして。一見して性別の分からない格好をしているのはそういう対策のためでもあるんですよ」

 タジにはイロンディの表情が笠に隠れて見えなかった。声に抑揚もなく訥々と語るのは、語ったような事態に諦めているからだろうか。

「なるほど、地図師という仕事がだんだん読めてきたぞ」

「ふふふ、ちょっとした推理問題みたいですね」

 二人が問答をしている間に目の前にはかつてチスイの荒野が戦場だった時の本陣であった場所に辿り着いた。

 天幕を用いた移動可能な居住区画は未だ健在ではあるものの、煮炊き用の釜や穀物庫、それから灌漑の施された田畑など、人の暮らしが息づき始めているのが分かる。

「あらあ、何というか……ずいぶん様変わりしたんですねぇ……」

 笠の縁をくいと持ち上げて、イロンディがつぶやく。

「人界に、荒野の本陣だった場所に戻ってくるのは久しぶりか?」

「ええ。だいたい、一年ぶりくらいですかね」

 眉を困らせて、イロンディが笑った。

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