凪いだ海、忘却の港町 03
タジの肌を焦がすほどの熱光線によって洞窟をはじき出された。そのまま散水竜巻につっこみ、上下不覚でもみくちゃにされながら、砂混じりの水と共に噴き上げられ、子どもに投げ飛ばされたカエルのようにべちゃりと地面に落ちる。
「ったく、容赦のない世界だ」
起き上がり、砂を掃う。髪の毛の間に絡んだ砂は掃う程度では除くこともできず、頭の異物感は拭いきれない。
「髪も伸びてきたな……」
「あの」
髪を持ち上げて、耳にあたるそよ風の心地よさを感じていると、背後からタジに声をかけるものがいた。
「あの……生きて、いらっしゃるのですか?」
「アンタが何を見たのかは分からないが、俺は生きているぞ」
そよ風になびく髪からパラパラと小砂を落としながらタジが振り向いた先には、不安そうな目で見つめる人の影があった。
麦藁編みの笠に頑丈そうな白い服。日射しを吸収しないための色で、着慣れていない感じがするのは、その布がくたびれていないからだろう。麦藁編みの笠に隠れて顔は見えず、高いとも低いとも言えない中性的な声は、性別も年齢も判然としない。
肩に食い込む背嚢の大荷物は、行商人というよりももっと過酷な世界へ向かうための装備が入っているように思える。片手に持った木杖は、表面の滑らかさと持ち手の黒ずみが年季をうかがわせた。
あまり見ない格好だ。共通点で言えば、戦場の斥候に近いようにタジには思われた。しかし、タジの見た斥候は速さを求められており、長く一所に留まって根気強く何かを観察するような装備をしてはいなかった。
目の前の人影は、もっと長期的で何物も頼るもののない世界を征くかのような格好をしている。
「ああ、良かった。生きていらっしゃるのですね」
白い人影は胸に手を当てて、ふぅと撫でおろした。
立ち上がるところから見ていたのか、地面に落下したところから見ていたのかはタジには判断できかねた。いずれにせよ、竜巻の起こる時間帯、地帯であることを考えれば、そんな場所にいる倒れた人間に声をかける人間だ。どこか頭のネジが外れているのかも知れない。
「ところで、アンタはどうしてこんなところに?」
「それはお互い様でしょう。とは言え、先に聞かれたのですから私から答えるのが渡世というもの」
人影は、一つ咳払いをして麦藁編みの笠を外した。肩を超える長さの髪がスルスルと現れて、目鼻立ちのスッキリした女性の顔が現れる。
「私は、イロンディと申します。職業は、地図師です」
「地図師?聞いたことのない職業だ」
「それについて答えるのは、貴方の自己紹介を聞いてからに致しましょう」
抜け目なく問いかけるイロンディに、タジは思わず片眉を上げる。権力を笠に着る訳ではないが、この国の人間がタジに対して対等であろうとすることはなかなかない。久しぶりの感覚にどこかこそばゆさを感じていた。
「タジだ。職業は……太陽の御使い、って言えば良いのか?別に何か特定の仕事をしているわけではない」
「太陽の……御使い?」
きょとんとした顔でタジを見つめ、イロンディが目をパチパチと瞬かせる。その仕草にタジもまた目を瞬かせていると、突然、彼女は堪えきれなくなって吹き出すように笑いだした。
「アハハハハ!太陽の御使いって、アッハハハ!」
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