【番外編】温泉好きの竜 40
最後の一つを投げ終えると、夜空は煙に覆われ、月の光もやや霞んで見えた。風もないので、煙は二人のいる地上にゆっくりと下りてくる。
「煙たいわね」
「火薬自体の品質があんまり良くないからか?」
花火に使われる火薬の種類などタジにはよく分からないし、ポケノの町で発破に使用する爆薬が何から作られているかなど余計に分からない。手が黒くなり、形成のしやすさを考えると黒色火薬の類だろうが、だとしたら煙が多く出てしまうのは仕方のないことだ。
「風が吹いてくれればいいんだろうけどな」
「そうね」
「……なんだ、魔法で風を起こして煙を飛ばしたりはしないのか」
タジの言葉に、エリスは眉をひそめた。それからあからさまに溜め息をついて、タジを咎める。
「あのね、そんなに簡単に魔法は使えないの。それに、花火っていうのはこのわずかに残った煙たい臭いも風流の一つでしょう?」
「そうかあ?煙たさなんて、すぐにどっか行ってくれた方が俺としてはありがたいんだけどな」
できるできないではなく、エリスはそれを風情が無いと一蹴する。時々、エリスの心に生じる風情に対する謎のこだわりが、タジにはどうも理解できなかった。
エリスは煙たい空をジッと眺めていた。話しかけようとしたが、そのエリスの凛とした立ち姿に寂しさを感じて、タジは茶化すのをやめた。
「あんまり綺麗な空じゃあないだろ」
なんとなく、隣に並んで同じように空を見上げる。
「綺麗じゃなくても風情はあるのよ」
「そうかい」
タジはその場にしゃがむと、エリスの作った手持ち花火を一つ手に取って火を点けた。
「あっ」
エリスが注意しようとしたその瞬間、長い針のような草についた火薬は一瞬で燃え尽きた。その速さに思わず手を放しそうになったが、周りに他の手持ち花火があるのが見え、ギリギリのところで落とさなかった。
「もう!勝手にやらないでよ」
せっかくの風情が台無しだわ、と不満をもらしつつその場にしゃがみ込む。いきなり燃えた原因は、まだエリスが魔法をかけていなかったかららしい。
「これを巻かないとダメなのよ」
エリスが手のひらをいっぱいに広げてゆっくりこすり合わせると、その間に薄く透明な膜のようなものが何枚も現れる。妖精の羽を思わせる薄さのそれは、火の勢いを操る力を持っているらしい。
「エダードは火竜だったんだな」
「いまさら何を言ってるの?」
被膜として手持ち花火に巻き付けると、月の光に反射してシャボン玉の表面のように虹色に照る。
火を点けるとさらに鮮やかで、パチパチとはじける青い光の中に、被膜の虹色が移って燃えた。
「綺麗だな」
「当たり前でしょう。アタシが作ったんだもの」
膝を寄せ合うようにして、手持ち花火を味わう。打ち上げ花火よりもずっと地味だったが、タジはそれが妙に心地よかった。
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