【番外編】温泉好きの竜 41

 二人だけの花火大会も終わり、身体に火薬のにおいを染みつかせながら、二人は小屋で一泊した。

 翌朝。日が昇る直前にタジが目を覚ますと、隣にエリスはいなかった。見回すと、水を入れた革袋が一つ無くなっている。どこかに出かけたのかと考えていると、温泉の方から湯の溢れる音がした。

「なんだ、こっちにいたのか」

 タジが風呂をのぞくと、果たしてエリスはそこにいた。

 広々とした浴槽に体をグッと伸ばして、朝の温泉を満喫している。

「アンタも入りたい?」

 上気した顔で腕を組んで上に伸ばし、骨がなくなったようにふにゃふにゃと湯に沈んでいく。口がギリギリ湯に沈まないあたりまで浸かると、頭につけた生成りの綿布と相まって、白玉の団子のように見える。

 その想像にタジは自分で面白くなってしまったが、笑う理由をエリスが問うてもタジは答えなかった。

 浴槽の縁に革袋が置いてある。昨日の湯あたりを反省したのか、それともただ寝起きに水分を欲していたのか。

「あ、そうだ。帰りもおぶって帰ってね」

「はあ?」

「それと、帰る前に湧き水の先にある泉に寄ること。温泉は気持ちいいけれど、硫黄と火薬の臭いを染み込ませた美少女なんて全く笑い話にもならないわ」

「おい」

「あ、朝ごはんはどうするの?探したけどやっぱりロクなものは残っていないわね。またポケノの町まで行って朝食だけでも手に入れて来なさいよ。アタシはのんびり温泉に浸かって待っているから」

「いやいやいやいや!」

 早口でワガママをまくしたてるエリスはタジにツッコミの暇すら与えてくれない。昨晩の謎のしおらしさはどこに行ってしまったのかと、性格の変化にタジは動揺を隠せなかった。

「お前、ワガママ言いすぎだろ」

「お前?お前って誰のことかしら?」

 エリスが口角をニヤリと上げる。

「ほら、ぼーっとしていないで、何するのか決めなさいよ。一日は短いのだから」

 エリスに急かされて、タジはとりあえずエリスと一緒に朝の温泉に入ることにした。


 ◇


 後日。タジが眠りの国を旅立ち、どこか別の国に行ってからさらに後の話。

 ポケノの町は、相変わらず石切り場と採掘で町全体が忙しなかった。組合長の屋敷の隣に作られた孤児院には、修道女と共に子どもたちが十数人住んでおり、町の産業を支えるための労働者となるべく勉強と体づくりに精を出している。

 そこに、一人の女性が訪れた。

 女性には珍しい旅装をし、長い旅をしてきたことが分かる。違うところと言えばその足元で、革製の高価な具足は足裏に蹄のようなものが取り付けられており、そして具足自体がふくらはぎを包むほどに長い。

「いらっしゃいませ」

 組合長の邸宅に女性を迎え入れたのは、壮年の男性。男性は、女性がこの日町に訪れることを知っていたし、その理由も分かっていた。

「花火、ですね」

 男性は落ち着いた口調で確認する。

「ええ。今年もよろしくお願いね。ああ、今年はどんな美しい花火を作ったのかしら。楽しみだわ」

 特徴的な具足を履いた女性……エリスは、壮年の男の目の前に金の詰まった袋をドサリとおいてつぶやいた。

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