【番外編】温泉好きの竜 39

「それじゃあ、点火していくぞ」

 火薬で真っ黒になった指先を温泉で洗い流し、用意した火を小さな松明に移して着火用にする。球状になった火薬の先に伸ばした導火線に火を点けると、タジは手際よくそれを夜空に放り投げた。

「投げ方が大切なんだよ」


――ドォ、ドン!


 投げ方を誤って導火線の方を上にして投げてしまうと、途中で火が消えてしまう場合があり、また速度が速すぎると玉が崩れてしまう。逆に遅すぎると地上に近いところで本体の火薬に引火してしまって、趣きがない。

「で、固め方が均一じゃあないと、今みたいに割れて爆発する訳だ」

 エリスが最初に聞いた連続する爆発音は、どうやら割れて爆発した花火玉が時間ごとに爆発したことに起因していたらしい。

 夜空に向かって、タジは花火玉を景気よくポンポンと投げていった。

 火のついた花火玉は、どれも空の真ん中あたりで爆発する。

「ちょっ、ちょっと!そんなにポンポン投げたら風情がないじゃない!」

「風情?また珍しい言葉を使うことで」

 空にはじける花火はどれも青い。しかし、タジが色々と丸め方を工夫している、というかまったく同じ形に丸めることができないために、爆発の仕方はさまざまだ。

「一つ一つじゃあつまんないだろ。こういうのは次々と投げていくのが良いんだよ」

「童心に帰りすぎ。気持ちの昂らせ方ってもんがあるでしょ」

 心の逸るタジを宥めて、投げる時に一呼吸置くようにエリスが命じる。

 花火は砲弾の撃ち合いではなく、夜空に儚く散っていく様を味わうものだ。

「自分が作った作品なんだから、もっと味わいなさいよ」

「作品かあ、そういう発想はなかった」

 手の中で弄ぶタジの不用意さに、思わず丁寧に扱えとエリスが咎める。せっかく作ったものを、打ち上げる前に台無しにして良いものでもない。

「だとしたら、花火職人っていうのは、最高に刹那的な生き方をしているんだな」

「花火職人?」

「俺がいた世界での話さ。こういう花火を作る職人がいて、その人たちにとってそれが我が子のように可愛かったり、あるいは後世に残したい芸術作品だったりしたとしても、爆発して、夜空に燃えるその一瞬しか作品は残らないんだぜ」

「……それがどうしたっていうのよ」

「一瞬のために多くの時間を費やして、積み上げてきた努力の結晶を見せられるのはほんのわずか。尊敬するよ」

 タジはエリスを見つめる。

「……時間なんて関係ないんじゃない?そこにどれだけの人がいて、どれだけの人の心に残って、どれだけの人が感動したかが大切なのよ」

「はっ、それじゃあ俺の花火は、まさしく一瞬の出来事ってわけだな」

 火をつけて放り投げる。

 下手で投げた花火玉は、風を切る音を発しながら、二人の真上で弾けた。


――ドォン!


 パチパチパチパチ、と拍手のような燃焼音が続いて、青い光が瞬いた。

「アタシが見てるわ」

「ん?」

「アタシが見てるって言ってんの。花火は一瞬の出来事かも知れないけど、記憶に残れば何度だって思い出すことができる。だからアタシが思い返すたびに、アンタの作品は蘇るのよ」

 その言葉が何の慰めになるのだろう。誰の慰めになるのだろう。思い出すと言っても、それが再び誰かの目に留まるはずもない。ましてやその言葉の主は、人に怖れられし紅き竜だ。思い出したとして、それを誰に語るわけでもないし、いつか思い出すことすら忘れてしまうだろう。

 エリスの言葉にタジは目を瞬かせた。

「そうかい、それじゃあこれもよろしくな」

 そう言って投げ上げた花火玉は、さっきのよりもずっといびつな爆発をして、星の形にはじけて消えた。

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