【番外編】温泉好きの竜 38
タジが手に持っていたものは、石切場で発破用に使っていた火薬だった。
「火を使って空に花を描くんだ。炎色反応で様々に色をつけたり、星と呼ばれる火薬玉を使って色々と細工をするんだが、詳しい作り方は分からん」
火薬に硫黄を練り込んで導火線を添え、握り飯を作るように丸めていく。タジの握力によって握られた花火の玉はそれほど大きくなかったものの、たっぷり使った火薬は、結構な威力で辺りに音と光をまき散らす。
「花火くらい知ってるわよ。まさか自分で作るなんて愚行をするとは思わなかっただけ」
「ポケノの町で聞いても、誰一人として花火なんて知りやしないんだ。ちょっと考えてみりゃあ当たり前で、この国の人々にとって、夜は基本的に眠る時間だ。外出して楽しむような時間じゃないってことだな」
眠れぬ夜を一時明るくするような、人々の目を一瞬楽しませるような、そういう娯楽が無いということだ。それの良し悪しを語ることも、この国においては意味がない。
「だから、月はこんなに明るいし、星はこんなに美しい。でも、人間が作った花火だって、結構綺麗なもんだ」
俺が作った花火は出来損ないも良いところだけどな、と付け足しながら、タジは火薬を手の中で丸めた。
「ねえ、それ、アタシもやっていい?」
「別に構わないが、力がいるぞ?」
大丈夫、とだけ言って、エリスは近くにある針の束のような草を一本抜き取って、タジの近くでこんもりと山になっている火薬を一つまみし、草を覆うように細く纏わせていく。
「なるほど、手持ち花火」
「そう」
本来は薄紙を巻いて火薬が飛び散らないようにする必要があるが、あいにくと紙は無かった。
「だから、その辺は魔法でチョイチョイするわ」
「魔法は万能じゃないって言ったのはどこのどいつだよ」
タジは呆れながらニヤリと笑った。
童心に帰るとはまさにこのことだ。言うまでもなく火薬は危険物で、それを取り扱うには細心の注意がいる。しかしここには二人の火薬に対する取扱いを注意するものは一人としていない。
タジが水を得るためにポケノの町の組合長の家に押し掛けたとき、最初に現れたのは町の出納役のアーシモルだった。アーシモルに火薬が欲しいと言うと、やや間があったものの、太陽の御使いの頼みを無碍にはできないと、いいだけ火薬を持っていって良い、と言った。
もちろん、キンキンに冷えた水も革袋いっぱいに詰めて、それから再び禁足地に戻る訳だが、タジが向かうその直前に、アーシモルは一言「あまりはしゃぎすぎないでくださいね」とだけ言ったのだ。
何に使うかは分からないが、おおよそろくな使い方でないことは、タジのうきうきした様子から察したのだろう。
「ねえ、火はどこにあるの?」
「待て待て、今手持ち花火なんかやったらそこの火薬に全部引火するぞ」
山になった火薬には、既に硫黄とわずかの硫化銅を混ぜてある。導火線と一緒に結構な量を持ってきていたので、爆発すればタジは無事だろうと、少女姿のエリスが無事とは限らない。
「とりあえず、ある火薬は全部形にしてしまおう」
月光に照らされて内職をする二人は、傍から見ればただただ怪しい二人だ。作り終えればそれほど多くはないものの、夜空を一瞬彩るくらいの量にはなった。
「さあ、こんなもんかな」
「タジ」
「なんだ?」
「アンタ楽しんでたでしょう?」
「当たり前だろ。エリスも楽しんでただろう?」
「……ちょっとね」
真っ黒になった指先を見て、それから二人はどちらともなく見つめ合い、それから笑いあった。
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