【番外編】温泉好きの竜 35
食卓の上で積み上げられていくサンドイッチは、野菜の瑞々しさはないものの、食欲を刺激する匂いが二人の空腹を誘う。
「外にあった植物が食べられるようなものだったら良かったのにな」
「食べられるんじゃないかしら?」
細身の剣を束ねたような葉の植物は無理としても、時々見かけたサボテンのような植物であれば、その皮の内側に瑞々しい果肉が詰まっているかもしれない。
「アタシはこれ以上粗野な食事になるのは嫌なんだけど」
「ハッ、お嬢様みたいなことを言うなよ」
タジはエリスに与えられた服のまま外に出ると、周囲を探って可食部分の多そうなサボテンをいくつか見繕って摘み取った。
いつの間にか、太陽は山の稜線にその身を隠そうとしている。辺りは燃える炎のように染まり上がり、温泉からたなびく白煙は、消火の名残のようですらあった。
小屋に戻ると、空腹に耐え切れなかったのか、エリスは積み上げられたサンドイッチの隣に放置してあった干し肉や蘇をつまみに革袋に残った酒を飲みほしていた。
渇いた身体には酒よりも冷水の方がよいのだが、登山の最中に飲んでいた水は既に温くなっている。そればかりはタジにもどうしようもない。
机の上に赤や緑の果肉を乗せると、エリスは顔をしかめた。
「毒があるかも知れないわ」
「毒味くらいはしてやるよ」
棘だらけのサボテンの表皮を厚めに小刀で剥がしとると、透明な液体に刃がしとどになった。机の上に滴る果汁は真水のように何の臭いもしない。
果肉の端を切り取って口に入れると、わずかな酸味と渋味のある果汁が口の中を潤わせた。口の中が痺れるような感じもないし、幻覚症状が現れることもない。
「それは大丈夫。でもそっちのは切らないでよね、有毒だから」
「なんだ、知ってて食わせたのか」
酒を飲みながら、エリスはタジの持ってきたサボテンを一つ一つ指さし毒の有無を当てていく。ちょっとした遊戯に感じたのか、最後には割とノリノリで答えるようになった。
「だいたい、そのサボテンの毒はどれもアンタの受けた石化毒以下の効果しかないんだから、アンタは何を食べたって平気なのよ」
「美味しく食べられなければ意味がないだろ。それに、平気と言っても痛いことは痛いし、全く無傷ともいかないだろうよ」
タジは無毒に分けられたサボテンの中から、サンドイッチにするのに良さそうなものを見繕って、積み上げられた塔の一部として埋め込んだ。
顎を外さないと食べられないくらいに厚くなったサンドイッチは、持ち上げるとずっしりと重く、それでいて干し肉に使った香料と、素揚げのニンニク、滴るサボテンの果汁とで思わず生唾を飲み込むくらいには食欲をそそるものに仕上がった。
全く同じものをエリスも両手で持っている。タジでさえ大口を開けないと食べられないような厚さだ。いたいけな少女の姿をしたエリスにはさらに大きく口を開けなければならない。
エリスも生唾を飲み込んだ。
それから、肉食のサメのように大きく口を開けて、ガブリとサンドイッチにかぶりつく。
口の端に果汁や、蘇の欠片、パン屑などをべったりとつけて、ギュッと目をつぶり、ゆっくりと咀嚼する。
「理の中で作ったものだけど、別に悪いもんじゃないだろ?」
そういうことじゃあない、とエリスが非難の目を向ける。しかし、得意の減らず口は口いっぱいに頬張ったサンドイッチのせいで不発である。
「エリスは俺に理から外れろ、自由になれって言うが、外れるか外れないかを選ぶのも、俺の自由なんだよ。今は何ていうか……太陽の御使いと呼ばれるのが、悪くないって思ってるんだな」
タジは自嘲するように笑って、エリスの齧った二倍の量のサンドイッチを齧り取った。
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