【番外編】温泉好きの竜 31
度数は高くないとはいえ、血の巡りがよくなっているので酔いは格段に速かった。長湯で赤くなった体をさらに赤くさせたエリスは、半ば茹蛸を思わせる。
「のぼせて倒れるなよ」
「さすがにもう出るわよ」
ついでに、石化した小屋も直しておいてあげる、と足元のおぼつかないままにエリスが戻っていった。
「大丈夫かよ、本当に……」
入浴を切り上げてエリスを助けようかとも思ったが、ふらふら歩くエリスが時折ピタッと止まってこちらを悩まし気に見るので、タジはそれが演技だと確信した。
そうやってタジの反応を楽しんでいるのなら、気にすることもないだろう。と考えたところで、タジは登山時の顛末を思い出す。
エリスは足にミミズ腫れができてもそれを直接に言うことはなかった。弱みは見せたくないが、自分のして欲しいことは言外に主張する。エリスはそういうやり方をしていたはずだ。
タジは湯船からあがって腰に綿布を巻きつけると、よれよれと歩くエリスの肩をもった。
「何よ」
アンタはアタシのことなど助けてはくれないんでしょう?とでも言わんばかりの表情を赤ら顔の中に見せる。タジよりもずっと肌が熱い。熱い柔肌は溶けた餅のように柔らかく、つつくとふにゃりと崩れてしまいそうなほどに頼りなかった。
「足の怪我はどうした?」
「治ったわよ」
見てみると、確かにミミズ腫れは見えない。しかしそれはもともとあったミミズ腫れの赤みと入浴によって赤くなった肌の色に見分けがつかないだけだった。タジは大きく溜め息をついて、それからエリスの身体を持ち上げた。
「ちょっ、何するのよ!」
両腕でそれぞれ肩甲骨の辺りと腿の辺りを支えるようにして横向きに持ち上げる。お姫様だっこというものだった。
「足は治っていないし、ふらふらで倒れられても困るから、俺が小屋まで運んでやろうと思ってな」
思えば今日はおんぶだのだっこだのと、タジはこのワガママ娘を持ち上げてばかりだ。
「こんなことして欲しいなんて言ってないでしょ!変態!」
「じゃあ何でさっきチラチラ見てたんだよ」
「それは……」
エリスが口ごもる。こういう時は、嘘でも言い訳をすぐさま出せない時点で図星なのだ。そして時間が経てば経つほど言い訳が難しくなる。それはエリス自身も分かっていることで、だから結局、彼女は暴力に訴えるしかなかった。
「とにかく下ろしなさいよ!バカ、変態!炎の息をお見舞いしてやろうかしら!」
両腕と両脚をジタバタさせてお姫様だっこから逃れようとするものの、やはり少々湯あたりしていたらしく、抵抗する余力はほとんどなかった。タジの頬をつねり、耳をひっぱりしているうちにエリスの方が息が上がって、しまいには本当に蛸のようにぐったりとしてしまう。
「強がりもほどほどにしろよ?」
「うるさい、既往懊悩野郎」
わざわざタジがお姫様だっこにしたのは、それが一番エリスの羞恥心をくすぐると思ったからだ。事実、エリスはタジにそっぽを向いて、運ばれるがままになっている。耳から首筋まで真っ赤になっているのは、きっと湯あたりだと言い訳するだろうなと思いながら、熱く柔らかい温泉好きの少女をタジは小屋に担ぎ戻すのだった。
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