【番外編】温泉好きの竜 29
「思った以上に脆いな」
「だから言ったでしょう?搦め手を使うのは使うだけの理由があるのよ」
握りつぶした尻尾の先端が地面に落ちると、勢いビチビチと跳ねまわった。どうやら神経節がそうさせているらしいが、外骨格内部の白い液体が跳ねまわる勢いで飛び散ると同時に、その勢いは弱まっていく。
「この辺は、荒野で戦った昆虫型の魔獣と変わりないなんだな」
体表を変化させて周囲に同化させる意味がなくなったからか、魔獣が姿を現した。その色は相変わらず周囲の岩石やわずかに生える植物の色に酷似している。もともとがカメレオンだから、自然とそういう色を選択してしまうのだろう。
「じゃあ、俺の平穏な入浴時間のために死んでもらおうか」
「うわー、悪役そのもののセリフね」
口を開けて舌をだそうと、あるいは地面に吸いついて離さない両脚で必死に抵抗しようと、魔獣はさまざましてみるが、タジの膂力を前にしては正しく無駄な抵抗だった。握力でふさがれた口は、その隙間から固い唇を動かすことはできても、そこから先端の丸い舌を力ずくで出すことも叶わず、どれだけ後方に逃げようと勢いをつけても、タジの指先がガッチリ食い込んで身動きもとれない。
やけくそとばかりに後ろ脚を跳ね上げ、毒針のなくなった尻尾をタジの石化した肩に向かって叩きつけようとする。
「いい攻撃だ」
尻尾は、途中から外骨格になっているために振り下ろすだけでも鋼鉄の鞭のような強靭さを持っている。普通の人間であれば間違いなく致命傷だろうし、石化して脆くなったタジの肩も粉々に砕けるだろう。
しかし、身動きの取れない魔獣に対してタジはいくらでも回避ができる。
魔獣の顔を握った腕をそのままに、半身を足捌きでひょいと動かすと、尻尾による振り下ろしは空振りに終わった。
そして、空振った魔獣の尻尾が地面に届くよりも先に、タジの拳が魔獣の身体を貫く。
「ギ」
短い断末魔を唇の端から漏らして、カメレオン型の魔獣は息絶えた。
霧消する魔獣の体内から、硬質な音を鳴らして何かが落ちる。
「嘘だろ」
漆黒の正四面体。
「いいえ、本当よ。だから搦め手を使う魔獣は弱いって言ったでしょう?」
暗闇の中にあってさえ黒々とした存在感を放つようなその正四面体は、簡単に言えば強い魔獣の証のようなものだ。より強い魔獣であるほど、内包する正四面体は大きくなる。
「なるほど、確かに弱かった」
「まあ、それ自体は魔力の力場によって成長したといった感じだけれどね」
ガラスのような音を立てて地面に落ちた正四面体を拾い上げると、タジは浴槽の縁まで戻ってきた。
「その状態で入らないでちょうだい」
タジの身体は、魔獣との戦いで汚れていた。土埃や魔獣の体液をそのままに入ってしまえば、エリスが気分を害するのは言うまでもない。
「分かってるよ」
ちょっとこれを持っていてくれ、とエリスに漆黒の正四面体を渡すと、タジは浴場の一角にある石化した木桶で湯を汲んで、浴槽に湯が入らない場所で何度かかけ湯をした。
「これを使いなさい」
エリスがタジに向かって投げたのは、綿布だ。まさかエリスが体に巻いていたものかと訝しんだが、それはちゃんとエリスの長い髪をまとめている。別に用意してあったものなのだろう。
「布があるんならあるって言えよ。全裸体で戦ったのが恥ずかしいだろ」
「バカ言いなさい。せっかくの綿布が魔獣との戦いで汚れてしまうでしょう」
こうしてかけ湯しながら身体を洗えば同じことなのだが、彼女なりのこだわりがあるのだろう。
「まあ、ありがたく受け取っておくよ」
綿布を渡してくれたことに礼をして、タジは汚れをすっかり落とした。
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