【番外編】温泉好きの竜 28
「どこに自分の身体が石化するのを喜んで眺める奴がいるんだよ」
毒針を振り下ろされた肩がジクジクと石化していくのが分かる。刺しこまれた尻尾を掴もうとすると、ひらりと避けて再びカメレオンの体の上に戻った。
「なかなか素早い」
刺された肩に手をかける。
そこだけ体温を失って、無機質な硬さに支配されている。片方だけ、石化による重みがかかって、重心が普段のそれとは全く異なってしまっているのが分かった。
「おーい、これは治せるんだろうな?」
「治せるけど、石化した部分はきっとアンタの身体よりもずっと脆いから気をつけなさい。壊れたらひき肉よ」
目の前のカメレオンは、素早く、そして狡猾だ。タジに掴ませた舌は陽動で、粘液によって捕らえ、そして毒針を打ち込む。身体が石化してしまえば、相手は無抵抗になる。その隙に悠々と砕いて、ひき肉にして石化を解いて食料にするのが、この魔獣の常態なのが予測できた。
「搦め手は弱いって言ったが、十分強いじゃあないか」
「それはアンタが、ちょっと石化してみたいって思ったからでしょう?」
魔獣は一定の距離を保ちつつ、粘液のついた舌をタジに向かって振り回す。そのたびに、粘液が周囲に飛び散り、飛び散ったところに鍾乳石のような塊を付着させた。
「力場で多少強化されているとはいえ、魔獣は魔獣よ。石化はそれ以上進行していないでしょう?」
毒は注入された量によって効果が決まるようだ。
「キュオオオオ!」
振り回していた舌を一度引っ込める。カメレオン型の魔獣は、そのまま後方に跳躍し、体表を周囲と同化させようとした。
「消えると面倒よ」
魔獣は力場を狙っている。タジとエリスの二人を侵入者とみなしている以上、縄張りを荒らす者は許さないとばかりにしつこく付け狙うはずだ。だとすれば、ここで決着をつけてしまった方が、後顧の憂い無く温泉を楽しめるというものだ。
「了解」
足指に力をかけて跳躍すると、魔獣の後ずさりの距離を一瞬で詰めてその眼前へとタジは下りた。ついさっきまで遠くにいたはずの人間が次の瞬間には目の前にいるという現実に身体を強張らせた魔獣の隙をさらに狙って、タジはカメレオンの閉じた口を片手で思いっきり掴んだ。
それで魔獣は口を開けられなくなり、くぐもった鳴き声が振動となってタジを震わせる。既に魔獣の体表は周囲の景色と同化しているが、それも掴んでしまえば関係ない。
周囲の景色に紛れているのは、魔獣自身自覚があるらしい。カメレオンは、相手に見えないということを利用し、目の前の憎い敵に対して再び毒針を振り下ろした。
「それは悪手だな」
見えないと言うだけで、気配は感じられる。イヨトンのように存在自体を薄くして気配を完全に断つほどの技術を持っているのならばともかく、体表を変化させて相手に見えなくさせる程度では子どもだましだ。
振り下ろされた毒針の付け根をもう片方の手でガッチリつかむ。金属を思わせる外骨格は、しかしその表面に棘があったり、ましてや石化毒に覆われているなどということはなく、昆虫のそれそのままに艶々としていた。
「こっちはちぎって良いだろ」
言うが早いかタジは尻尾を掴んだ手に一層の力を込めた。
「ギ」
ミシリ、という音と共に外骨格は見る間にひしゃげ、更に力を加えると、とうとう尻尾を完全に握りつぶしてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます