【番外編】温泉好きの竜 20
すでに半分くらいは温泉につかったような気分ではあったが、ゆったりと湯船を満喫するには至っておらず、そしてそれが温泉の醍醐味の一つでもある。半分ほどに減っていた湯量が溜まるのを、タジは膝を抱えて座りながら見つめる。
「まあ、こんなもんだろ」
七割方溜まった湯船に満足し、タジは小屋へと戻った。そこで見た光景が無ければ、タジはもっと純粋に温泉を楽しめたことだろう。
エリスはぐっすりと眠っていた。
部屋の日陰に置いてあった木綿の寝床に左半身を下にして横になり、身体を丸めてくぅくぅと寝息を立てている。
「本当にこのワガママドラ娘は……」
人に掃除をさせておいて自分は小屋の中で安眠中である。タジは思わずエリスの両脇をガバッと抱えて持ち上げた。
「ふやっ!?」
本当に眠っていたのだろう、エリスが素っ頓狂な声をあげて空中で足をバタつかせる。それがタジの膝にあたると、声にならない悲鳴をあげたのはぐっすり眠っていた少女の方だった。
「ッ~~~!」
両脇から抱え上げられた身体を器用に丸めてタジの膝に当たった足をかばっている。背中から抱え上げたので、タジの膝に当たったのはドラ娘のかかとだったはずだ、例え結構な強さで当たったとしても痛みはそれほどではないはずである。
「なんだ、なぜそんなに痛がってるんだ?」
不思議に思って、持ち上げたエリスを降ろそうとすると、エリスは首をぶんぶん横にふって、下ろさないでと主張した。
「足が痛いって言ったでしょ!」
悲痛に訴えるエリスの抱える足を見ると、革紐で締めつけられた柔肌が、赤くミミズ腫れを引き起こしている。そこで今度はゆっくりと、足に痛みが無いように慎重に尻からエリスを降ろした。
「見てみなさいよ、これを」
エリスが木綿の寝床に足を伸ばして、タジの方に向ける。かかとと腱の間は足擦れが水膨れになっており、ミミズ腫れを起こした部分もところどころ擦れて皮膚が剥けてしまっていた。
「だからおんぶして、って言ったのよ」
エリスが口を尖らせる。
足が痛いという主張は誇張でもなんでもなく、本当に痛かったのだ。か弱い町娘だなんだと口ばかり威勢はよかったものの、一方で本当に痛みをこらえていたのである。
「全く、痛いならもっとそういう仕草をしろよ」
「痛いからおんぶしなさい、って言ったでしょう。それ以上の仕草があると思うの?」
「弱々しさとか奥ゆかしさとか、態度ってもんがあるだろ」
「嫌よ、何で痛いからって弱々しい態度をとらなきゃならないのよ」
主張が一貫していないようにタジには感じられたが、エリスが己の言い分を変えないということは、この数日で十分に理解したことだ。
「そうかい」
これ以上の口論は無意味なので、タジは口をつぐみ、痛ましい足の状態を観察する。
「しかしこれじゃあ、あの温泉はかなり痛いというか、沁みると思うぞ」
「そうなの?」
泉質に関してそこまで詳しくはないが、真水に比べたら何かしらの刺激があることは間違いない。それこそ傷口に塩を塗るような刺激がある場合もある。
「ただ、温泉によっては傷を癒す効能のものもあるから、そうであるように祈るんだな」
「嫌よ、アタシは美肌になれる湯が良いわ」
「そうかい」
エリスは頬を膨らませて言う。そういうところが可愛げがないんだよ、と喉まで出かかった言葉を飲み込んで胸の裡にしまい、タジはぶっきら棒に返事した。
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