【番外編】温泉好きの竜 13
ポケノの町から採石場を挟んで向こう側は、見渡す限りが岩石の斜面だった。
「地面から噴き出す蒸気に気をつけろよ。大抵の場合、有毒だ」
「アタシに毒が効くと思って?」
かなり厳しい傾斜を横切るように歩いていく。大岩によってではなく、無数の岩や石で形作られた斜面は、わずかに踏み固められたような道とも言えない足掛かりを踏みしめるたびに、小石がコロコロと斜面を滑り落ちていった。
いつ自分が滑り落ちる小石と同じ状況になるかも分からないし、あるいは吹き出す蒸気の力によって押し出された石が雪崩のように襲いかかってくるかも分からない。
「確かに、ここは人の歩いていい道じゃないな」
「神様のご加護を試すにはもってこいのような場所ね」
「その通りだな」
タジは腰からはねるように荷物を背負い直した。
荷物と言ってもそれほど大きいものではない。飲用水の入った皮袋と、日持ちと腹持ちの良いライ麦のパン、それから干し肉、玉ネギ、にんにく……。
ゴンザに言われるがままに一泊し、朝一に出かけようとしたところで、アーシモルの下で働いている羊泉商会の商人が気を利かせて用意してくれたものだった。
「どこに行くのかは分かりかねますが、ご安全に」
用意してくれたものを見れば、彼女がタジとエリスの行く先を理解していたことは一目瞭然だった。馬車でポケノの町に来た際に、眠りの国から書簡か何かが商人の下に届いたのだろう。
「一週間分はあるわよね、それ」
「まあ、道が道だからな。遭難の危険を考えたらこのくらいの備えは必要だってことだな」
アルマに教わったとっておきの情報は、ポケノの町に伝わる「禁足地」という場所に関する話だった。
採石場の向こう側に広がる不毛の大地は、地面から悪魔の吐息が噴き出す禁足地である。そこに立ち入れば、人はたちまちに悪魔に蝕まれ、足を踏み外し、人として生きられなくなるだろう。そこに足を踏み入れることのできる者は、神の加護を授かった者と、その者を引き連れる者のみである。
情報通りの大地が広がっていた。何の誇張も矮小もない。
「そもそも、この場所で遭難したら普通の人間は死ぬしかないわよ」
「だからこその禁足地なんだろ」
身も蓋もない話だ。
斜面の上方で煙が吹き上がる。悪魔の息吹と恐れられるその現象は、火山性ガスが噴き出ているのだろう。白煙の中にわずかに黄色が混ざっているのは、硫化水素か何かだ。
「こんなの、本当に紅き竜で来ればよかったじゃないの」
エリスは荷物を持っておらず、身一つである。町娘の格好に、山歩き用の底の厚い革靴を履いているのが不格好だ。うっ血するかと思うほどに靴が紐でギチギチに縛られているのは、そうしないと斜面を踏みしめて歩くのに支障がでるからだった。
「確かに、ちょっと後悔してる」
「後悔してるんなら今からでも遅くないでしょ!」
エリスの大声が岩石だらけの斜面を舐めると、先ほどのガスの噴出につられて降ってきた小石の量が増えた。
「大声を出すなって、斜面が崩れたらどうする」
「竜を呼ぶわよ」
「待て、待てって。とにかく、今はアルマの顔を立てよう、な?」
人差し指を横に加えて指笛を鳴らそうとしたエリスを押さえて、情報をくれた商会の長の名前を出す。
それでようやくエリスは落ち着いたらしく、渋面をつくって指をおろした。
「もーう!足が痛ぁーい!!!」
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