【番外編】温泉好きの竜 12

 タジとエリスの二人は、ポケノの町にやってきていた。

 組合長のゴンザの家には着々と孤児が増えている。ちょっとした孤児院ほどの子どもが、雨風を凌げるだけと称した家型の箱を住み家としているらしい。昼間は人を雇って、子どもたちの世話をさせているが、いずれ敷地内にきちんとした家を建てて、孤児院を作る必要があるかも知れない、とゴンザはげんなりしていた。

 アーシモルとは、会うことができなかった。

「嫌われてるんじゃない?」

「忙しいんだってよ。羊泉商会から派遣されている一人から聞いたよ」

 寝る間も惜しいほどに忙しいらしい。孤児や遺児がゴンザの敷地に集まることによって、新たな労働の需要が生まれているものの、孤児院を建てるための手続きや、人員の確保、設立金の確保など、目下動かなければならないことが目白押しだと言う。

 また、もともと順調に売れていた石材は、ニエの村が発展するために大きな需要となっているらしい。交易路が混雑するのを懸念してチスイの荒野――今は虹の平原と呼ばれ始めているらしい――と共に道を太くする計画を立てている。タジに協力し、荒野を復活させたゴードが一枚噛んでいるらしいから、こちらは問題ないだろう。片腕がなくとも、その能力は折り紙付きだ。

「寝る間も惜しいって奴なんだろうが、この国の人々は夜に働くことを信仰として禁じているらしいから健全なものだ」

「そんな信仰、反故にできないの?どうあったって自分だけができる簡単な仕事を夜のうちに済ませてしまうこと自体は、見咎められなければ白日の下に晒されることもないわ」

「そんなことは知らん。この国に信仰心が尽きたら、あるいはそうなるかもな」

 だが、それは決して幸福にはならないだろう、茨の道だ。

「時間で縛られるからこそ、効率に対する工夫が生まれるとは思わないか?」

「効率に対する工夫が広まれば、どちらがより多くの労働力を注げるかが問題になってくるわね」

「人を雇えばいい」

「その人も長く働かせばいい」

「何だ、ずいぶんと突っかかるじゃないか」

 タジは子どもを腕にぶら下げながら言う。

 ゴンザの邸宅を訪れたら、一晩の宿を貸す代わりに子どもたちと遊んでくれと言われたのだ。子どもが嫌いではないタジはその申し出を受け、こうして子どもたちの遊具になっている。

「単純に非効率だと思っただけよ」

 エリスはエリスで大縄跳びをしたいという子どもたちの願いを聞いて大繩を回す役をしている。アタシの細腕が悲鳴を上げるわと散々嘆いていたが、すっかり馴染んでいた。

 エリスが突っかかるのは、アルマのことをまだ引きずっているからだとタジは考えた。虹の平原を通り過ぎる馬車の車中でも、エリスはずっとむくれていた。信仰というものに、何か欺瞞を感じているのだろう。

「仕事に働かされるために生きている訳じゃあないからな、人は」

「フン、暇人が偉そうに。こっちはさっさと温泉に入りたいんだけど?」

 エリスの言葉に子どもたちが口々に言う。

「おんせんー?」

「うち、おんせん知ってるよ!」

「あれだよ、町はずれのこうしゅうよくじょう!」

「ちがうよ、森のなかのキンソクチだよ」

「あー、それ言っちゃダメなやつでしょー」

「だいじょうぶだよ、タジさまはたいようのみつかいだもん」

「人の口に戸は立てられないとはいうけどさ」

 頭痛をおさえるように額に手を当てようとしたが、ぶら下がる子どもたちのために叶わなかった。

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