【番外編】温泉好きの竜 01
とにかく暇が欲しかった。
チスイの荒野の一件が解決してからというもの、タジに寄せられる依頼や案件は引きも切らない。陳情に身分の差はなく、ありとあらゆる種類の人間が現れるうえに、大抵の事柄は自分たちで何とかしろ、というものだった。
一つ一つ丁寧に対応して依頼を達成すれば名声も上がり、金も入り、美女にウハウハなハーレムを作れるだろうが、残念ながらタジにはそんな欲などなかった。次々とやってくる依頼人やら手紙やらをちぎっては投げるだけで手一杯だったのだ。
依頼を振り分ける人間を雇ってしまえばよいのだ、と太陽の御使いという事業が盛況なのを見てとったアルアンドラに真剣に忠告された。
アルアンドラは眠りの国にある白鯨の騎士団の第一中隊長だ。言わば組織の頂点を支える右腕のような存在で、組織運営というものに詳しい。
「バカ言え。俺は眠りの国で事業を起こしたい訳じゃあないんだぞ」
「では滞在する間だけでも人を雇うべきだ。もし手続きが煩雑だというのならば、俺の方でなんとかするが、どうだ?」
良案だ、とタジは人を派遣してもらったが、デデオーロと名乗った若い騎士がまた人を見る目がない。
「タジ殿、こちらの方が……」
「タジ殿、貴族の方がいらっしゃいまして……」
「タジ殿、ザネケの町から陳情者が……」
ザルほどの濾過器にすらならない通しっぷりに、さすがのタジも辟易した。書類に関しては識字の心得があるのか多少の濾過はしてくれはしたが、とにかく重要性を判別する見識がない。
現れる人を全て通すのはお人好しというレベルを超えて存在していないも同然だった。
そこでタジはデデオーロに「面会は断れ」と命じて、批判の矛先を全てデデオーロに向けさせるようにした。
滞在する宿泊施設の一室は、それでようやく来客が激減した。
最初こそ二階に泊まっていたタジが、来客の多さに宿泊部屋を一階に移され、それでも廊下が汚れると清掃担当から白い目で見られているのは知っていた。
しかしこれで平穏な日常が送れる。本当の目的である人探しも出来ようというものだ、と思っていた矢先に、デデオーロが酷く申し訳なさそうな顔でタジを呼んだ。
時刻は日の出を十分に回り、人々が仕事に調子づくころだった。
「タジ殿、あの……」
「何だ。誰であれ面会は断れと言ったはずだが?」
「いえ、それがどうにも様子がおかしいというか、話がヤバいというか……」
ヤバい、という言葉で何が推し量れようか。お前のヤバさの基準など知ったことかと言おうとすると、デデオーロが機先を制した。
「あの!とにかくいらしてください!でないと、眠りの国が大変なことになってしまいます!」
「ヤバいとか大変とか、お前それで何か説明したつもりか?ってオイ」
タジの手首を掴んで強引にタジを居間に案内すると、そこには一人の少女が座っていた。
目を瞠るタジに微笑む少女。
かつて「荒野の歌姫」と呼ばれていた少女の姿だった。
「デデオーロ、外に出ていろ」
「えっ?」
「お前、今からしばらく仕事を外で済ませろ、と言ったんだ」
「ええーっ!?」
「随分と傲岸不遜な物言いね。アンタ、この国の王にでもなったつもり?」
「イイね。俺が国王だとしたら真っ先にお前みたいな口調の少女を矯正してやろうじゃないか」
「あの……タジ殿?」
「出ていろ」
「そういう訳なの、ボクちゃん。外で人払い、よろしくね」
傲岸不遜と高慢ちきの争いを察知したデデオーロは、それ以上何も言わず、逃げるように部屋を後にした。
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