荒野に虹を 71

 ゴードが目を覚ますと、強烈な腕の痛みに襲われた。

 痛みなどという生やさしいものではない。そこにあるはずの手指の感覚が、全て激痛に変わったような壮絶な感覚が、一瞬でゴードの目を覚醒させた。

 そうだ、私は手首を切断されて――。

 勢いよく体を起こして、利き腕を見る。布で巻かれた腕の先に、手指の感覚は無かった。

「おう。起きたか、ゴード。すまないが、手首から先を持って帰るのを忘れてしまった」

 天幕の布扉をあげて、タジが入ってきた。

 布扉が降りると、逆光の中にタジが抱えた桶に、薬草と清潔な布、それから乳鉢がはいっているのが見えた。

 翌日を迎えられたのだ。ゴードは胸を撫でおろした。

「いいえ。あの危難から命を拾っただけでもありがたいことです」

「あの後すぐに救護班に見てもらったんだが、止血が精一杯だった。本来なら回復薬が常備されているらしいが、昨晩はモルゲッコーが独占して持ち出していたそうだ」

 手首に巻かれた布をゆっくりと剥がす。皮膚を無理やりに引っ張って縫い合わせたために、腕を動かそうとすると鋭い痛みが傷口を襲う。

「ッ……!」

「動かすと傷口が開くぞ」

 テーブルに桶を置き、乳鉢にいくつかの薬草を入れる。すりつぶすと、緑色の薬草はにわかに赤く色づく。増血草と呼ばれる薬草で、飲むと血が増えるのだと救護班の一人が言った。健康な状態では体内の血液と反発作用を起こすが、血が足りない場合は急速に体内の血を増やしていく。

「まだ本調子じゃあないだろう?」

 タジに乳鉢ごと渡されて、ゴードは思わず苦笑いをした。確かに、体は本調子ではなかった。手指の残っている方で受け取って、赤い液体をぐいと飲み干す。

 鉄臭さと、舌に残るとげとげしい塩味。目をぎゅっとつぶって嚥下すると、液体が体のどこを通っていくのかが分かる。みぞおちの辺りまでくると、心臓が一回大きく鼓動した。

 プシュッ、と傷口から血が噴き出る。

 傷口に溜まった血が、腐る前に体外に排出されていくような感覚だった。

「さすがの即効性、だな」

 血流が活発になるのを見届けると、タジは桶から軟膏を取り出して、布にたっぷりと塗りつけた。

「ほら、傷口を」

 朝一にやってきた行商人が自衛のためにもっていた軟膏を、無理を言って買い取ったものだった。効能自体は決して高くないが、傷口を空気に触れさせないようにするためには必要なものだ。

「申し訳、ありません」

「ゴードが何を謝る必要がある。謝らなければならないとしたら、助けに行くのが遅れた俺の方だ」

 器用に傷口を布で巻いていく。

「なんだ、思った以上にうまく巻けたな」

 タジは首をわずかに傾げて困ったように笑った。

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