荒野に虹を 69

 掴まれた首に容赦なく力が加えられ、イヨトンはいよいよ意識が遠くなるのを感じだ。

 死にはしないだろうから、後は捕虜として厳重に収監されて、タジを操るための足かせになるだろう。生き恥をさらすくらいなら、このまま死んでしまいたい。

 イヨトンの首を掴んでいるのは、赤獅子の騎士団に所属するデームという騎士だった。なかなか階級が上がらず歯噛みしていたときにムヌーグの下について、つねにいわれのない怨嗟の視線を向けていた男……。

 それが今、イヨトンの首を掴んで目をギラつかせ、口を三日月の形に歪ませている。

 手足の感覚がなくなっていく。

 もう、意識を失ってしまおう。イヨトンが力を抜いたその時だった。


――グシャッ。


 水のたっぷり入った袋が地面に叩きつけられるような音と共に、イヨトンの首は解放され、地面に落ちた。

 急に開いた気管に空気が入って咳の出るイヨトンの鼻腔を、新鮮な血の臭いが襲いかかる。

 目の前には、先ほどまでイヨトンを捕えていたデームが、地面に押しつぶされている。鮮血が、チスイの荒野に染み込んでいく。

「タジ殿!」

 イヨトンの後方でゴードが叫んだ。

 周囲の騎士たちが、一斉に怯んで後退する。肉塊と化したデームのことなど、誰も助けようなどとはしなかった。

「モルゲッコー。これでお前の二つ名は返上だな」

 丘の上で怖れ戦慄く人物に向かって、タジは指差した。

「さあ、どうする?こう見えて俺はかなり怒っている。今すぐに理不尽な竜巻と化して、この場の騎士全員を一夜のうちに一つの肉塊にするのもありだと思う程度には、な」

 醜悪な人間の死体から降りると、タジはその場で軽く飛び跳ねた。

「な、何をおっしゃるのですかタジ殿。我々はあなたに弓引く逆賊を追い詰めたのですよ」

 丘の上でモルゲッコーが声をあげた。わずかに震えていた声色は、すぐに平静を取り戻して、タジに己が行為の正当性を訴える。

「そこにいるイヨトンとゴードは善良なあなたの心につけ込み自分たちに有利になるようにあなたの言行を誘導しようとしていたのです!それに気づいた我々が二人に迫ったところ、二人は逃亡!疑惑の念を強く抱いた我々は事の真相を究明するために」

「うるせぇ!」

 タジが一喝する。

 大地を震わせるかのような一声に、すぐ近くでギリギリ意識を保っていたゴードとイヨトンの二人が気絶し倒れた。

 あるいは、もう気を失ってもよいと判断したのか。

「いくらそれらしい言葉で煙に巻こうとしても、お前と二人とでは決定的に違うものがある。それは当然分かっているよな?」

「それは……タジ殿により近いということでしょうか」

「仲間だと信じられるか。つまりは信頼だよ」

 タジはゴードの切り離された手首を自分の衣服できつく縛って止血する。

「そして残念ながら、この場にいるお前ら全員に対して、俺の信頼度はゼロだ」

 首を鳴らし、拳を鳴らし、屈伸をして準備を整える。

「覚悟しろ、お前ら」

 言葉と同時にタジが消える。

 慌てふためく騎士たちの間を一筋の風が過ぎ去っていくと、人々は次々と膝から崩れ落ちた。

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