荒野に虹を 68
「構わん、かかれ!」
モルゲッコーの腕の一振りで、大盾が宙を舞う。堰を切ったように騎士たちが坂を下る。長剣、刺突剣、短剣、持っている獲物はさまざまだったが、その切っ先はどれもゴードとイヨトンに向けられていた。
来るなら来い。
無血の生け捕りを諦めて多少の犠牲を甘受するというのならそれもいいだろう。それはそれでやりようはある。
逆落としで勢いをつけてやって来る騎士の一群の前で、イヨトンは再び姿を消した。駆け下りる騎士は足を止めようとしても勢いが落ちない。体勢を崩してしまえば後続に踏まれて戦わずして重傷を負うだろう。
駆け抜けるしかない騎士の足に向かって、存在を消したイヨトンが次々と剣撃を加えていった。先頭の体勢を崩すだけで、勢いのついた騎士の一群は瞬く間に団子になって倒れる。
攻撃の瞬間は、イヨトンにとっても最も隙の多い瞬間でもあった。攻撃する瞬間は、どうしてもその身を隠し通すことができず、姿を現してしまう。姿を現すということは、敵の攻撃を受けかねないということだ。
一対多では、わずかの傷が命取りになる。動けなくなった時点で、殺されて終わりだ。それでなくとも、切り傷から滴る血痕が、イヨトンの居場所を大まかに知らせることもあるだろう。
体勢を崩す前方を避けて、イヨトンの現れた場所に剣先を向ける騎士もいたが、その切っ先が届くよりも先に、イヨトンは再び姿をくらませた。
動けるうちは、何度でも。
後方のゴードに注意を向けながら、勢いの落ちた騎士を前にイヨトンは周囲を見渡した。次に攻撃するとしたら、左翼だ。
敵方左翼に突出する者はおらず、しかし右翼よりもずっと近づいている。
イヨトンが意を決して左翼の騎士の一人に刃を向けようとしたその時だった。
「左翼、エーザ」
モルゲッコーの言葉に従い騎士たちが一斉に獲物を振り下ろした。そのうちの一つが、イヨトンの肩を切り裂き、痛みに技術を解除して大きく後退した。
ゴードのいる場所まで後退し、片膝をつく。
肩で良かった。
ぱっくりと切れた左肩を押さえながら、イヨトンは思った。
これが肩ではなく頭だったら、イヨトンは間違いなく死んでいた。わずかの差で命を繋いだものの、肩に走る熱をもった激痛はイヨトンの繊細な技術力を失わせるのには十分だった。
騎士たちが、声を上げる。
「おおおっ!」
野蛮極まりない奇声をあげながら、イヨトンに向かって剣を振り下ろさんとする人々。その姿が限りなく遅く見えた。
それ以上、打つ手はなかった。
ふいに、風を切ってこちらに向かってくる何かの音が聞こえ、イヨトンはゴードの上に覆いかぶさった。
「イヨトン様!」
せめてゴードだけでも、と思った時には、イヨトンの背中に矢が数本突き刺さっていた。
「ぐ……ぅッ」
背中に食い込む矢じりの感触に喘ぐ。気が遠くなりそうな一瞬。
剣を片手にした騎士は、もはやそれを構えてすらいなかった。イヨトンが無力化された以上、抵抗はもはやないに等しいと考えたのだろう。
「捕らえろ」
モルゲッコーの冷たい声が響く。
せめて、最後の抵抗だけでも。
イヨトンが左手に剣を持つのに気づいた兵の一人が、刺突剣をその甲に刺した。
「ぁぐッ……!」
その場に剣を落としたイヨトンを、隊長格の大柄の騎士が首を掴んで持ち上げた。
「ムヌーグに尻尾を振る雌犬が」
「イヨトン様ッ!」
落とした剣を拾って斬りかかろうとするゴードの手首を、別の騎士が斬り落とした。
「うああっ!」
斬られた手首を押さえてゴードがうずくまる。
もう、どうすることもできなかった。
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