荒野に虹を 67
半円をじりじりと収束させていくモルゲッコーに対して、イヨトンのとれる策は挑発しかない。しかしその挑発も勝てる見込みは少ない上に、相手は挑発に乗る気配は一切ない。
そして、破れかぶれに陣の一部に攻撃を加えようにも、ゴードの存在がそれを許さない。体力を使い切ったゴードは、もはや立ち上がる余力さえも残されていなかった。
霞がかった夜空を見上げて、イヨトンは意を決した。
逃げられないのなら、ここで待つしかない。
モルゲッコーたちにあって、自分たちにないもの。それは時間の制約だ。
彼は自分たちが逆賊だということを理解している。理解している上で、今後自分たちが有利に動けるようにあれこれ先手を打っている。こうしてイヨトンとゴードを封じ込めようとしていることも、その一環だ。暗闇の内に始末すれば、全ては夜の闇の中。しかし、日が昇り、外部の人が街道に出るようになれば、物資を持ってくる商人がチスイの荒野にやってくるようになれば、悪事は白日の下に曝される。
つまり、日の出こそが期限である。
そこまで待てば、モルゲッコーは退却せざるを得ない。あるいはそれはイヨトンたちを生け捕りにするのを諦めて、矢の雨を降らせる時間であるかも知れない。
それならそれでよい、とイヨトンは思った。
生き残ってタジの道を邪魔するくらいなら、敵を明確にさせるために犠牲になる方がマシだ。
例えタジが犠牲を嫌っていたとしても。
絶望的な賭けであるが、時間稼ぎなら、方法はある。
騎士盾ではなく、取り押さえるための大盾を構えた歩兵が隙間を開けずに押し寄せる。がちゃりがちゃりと大盾同士のぶつかり合う音は、断頭台の刃を上げる鎖の音のようにさえ感じられた。
心音が耳にはっきりと聞こえる。
イヨトンは大きく深呼吸を二回行うと、逆手に長剣を握って体を屈めた。四足獣のように頭を低くし、四肢で地面を掴む。
わずかに動揺の走る陣営の後ろで、モルゲッコーがはっきりと言った。
「怯むな。ムヌーグ直伝の草伏の構えだ。大盾を構えていればものの威力ではない」
やはりモルゲッコーは知っていた。
もしかしたら、他の騎士団員のことは知らないかという懸念はあったが、モルゲッコーの出世欲を思えば、他を出し抜くために情報を集めているかもしれないという確信もあった。
ここまでは順調。
「草伏の構えは、超高速移動による特攻だ。大盾を固く構えよ。それで動きは封じられる。相手は商人を守るためにおちおち移動もできないだろうからな」
安心した歩兵が平静を取り戻して、ゆっくりと近づいてくる。イヨトンは、薄暗い荒野で、ジッとその瞬間をうかがっていた。
間合いまで、あと半歩。
……今!
「あれっ?」
素っ頓狂な声をあげたのは、大盾を持って近づく歩兵のうちの一人だった。他の歩兵も一様に驚いて、互いに顔を見合わせる。
「ぎゃあっ!」
一人が、悲鳴と共に肩から鮮血を噴いて膝をついた。
「何が起こった」
「反逆者が消えました!」
存在を隠す技術。それを使って、イヨトンは大盾を持つ部隊の一人に傷を負わせたのだ。
「存在隠しの技術か……!」
傷を負った兵士は仲間に連れられて後退し、代わりの兵士が大盾を持つ。
わずかに下がった半円。イヨトンはすぐさまゴードのいる場所へ戻り、姿を見せた。
「おちょくっているつもりか」
姿を見せたイヨトンに、モルゲッコーは努めて冷静に問う。質問しているということは、わずかに頭に血が上っていることの証左だ。
「間合いに入れば、何度でも同じように攻撃します!それを覚悟に近づきなさい!」
わずかに、兵士たちは怯んだ。間合いに入れば、攻撃される。大盾を持っていても防げない不可避の一撃。今のは威嚇行動だったとして、どこから攻撃されるかも、どこに攻撃されるかも分からないのだから、次は殺されることさえありうる。
時間稼ぎが有効そうだとイヨトンが確信したのと、モルゲッコーが方針を転換したのは、ほとんど同時だった。
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