荒野に虹を 61

 腕を変形させた魔獣の長剣が、タジの肩から背中にかけて押しつけられる。刃というにはあまりに鈍器じみた使い方だった。

 もっとも、魔獣の使い方に甘えて刃の下から抜け出そうとすれば、衣服に食い込んだ刃はたちまちタジを切り裂くだろう。地面を殴って大穴を開けて脱出することは可能だが、それをすれば踏みしめられた街道をぶち壊しかねない。

「だとしたら……ッ!」

 タジは背中を押さえつける刃に両手の指をかけると、押しつぶすように力を込めた。

 その指先は外骨格をもつ昆虫型の魔獣に対して一歩も引けを取らない強靭さを誇る。力をうまく伝えさせさえすれば、指を貫通させて長剣を折るなど造作もないことだった。

 折れた刃に身体の均衡を崩す魔獣の一瞬の隙をついて抜け出すと、タジはヒビの入った刃に全力で殴りかかり、完全にへし折った。

「ガアアアァアアァァッッ!!」

 魔獣が悲鳴をあげる。

「痛覚があるのか」

 血の代わりだろうか、魔瘴の漏れ出る黒煙が長剣の折れた個所から溢れていた。

「アアアウウウゥ!」

 何を思ったのか、長剣に騎士盾を叩きつける。黒煙の出ていた長剣の、折れた刃は消えてしまったが、身体の一部として残っていた方は、叩きつけられた騎士盾によって、錐のような形になった。

 標準的な馬上槍である。斬り払うことよりも刺突に特化したそれは、明らかに一点突破の殺傷力が上がっていた。

「変身というよりも、変形だな!」

 タジに向かって放たれる無数の刺突。潜り抜けて近づこうとすれば騎士盾を振り回して殴りかかってくる。正面突破はなかなか難しい。

「だからって、動作が分かれば対処も見えるってもんだ!」

 今度は刺突を繰り返す馬上槍をギリギリでかわして、少しずつ近づいた。ある程度の距離まで接近すると、魔獣は刺突の動作をやめて騎士盾で殴りかかってくる。

「ここだッ!」

 ほとんど接触するようにして避けていた馬上槍を鉄棒に見立てて逆上がりをし、思い切り横に蹴って騎士盾に馬上槍の横腹をぶつけた。シンバルに腕をぶつけたような鈍い音をさせている間に、タジは魔獣の懐に潜り込んで、首根っこを掴んだ。

「お前の犠牲は、無駄にはしないからな」

 掴んだ腕に力を込めて首を潰すと同時に、もう片方の腕で魔獣のどてっ腹に風穴をあけた。

 馬上槍になった腕では懐にいるタジを攻撃することは出来ず、騎士盾もまた同様だった。いくらかもがいて抵抗も見せたが、間もなくそれが無駄だと理解したように抵抗をやめて、魔獣は仰向けに倒れた。

 喉と胸に空いた穴から黒煙が勢いよく噴き上がる。徐々に身体は小さくなっていき、人間だったころの大きさに戻ると、その顔も人間の頃のそれと判別できるようになった。

 それが例外的なふるまいであることをタジは気にも留めなかった。ただ、漆黒の液体を飲んで魔獣と化した人間が誰なのか、知りたかった。知っている人であれば、なぜそのような行動をとったのかも聞きたかった。

 元の人間に戻っていく魔獣の顔を見て、タジは絶句した。

 いや、その可能性は決してありえないことではなかった。しかし心のどこかでそうであって欲しくないという気持ちはあった。モルゲッコーが現れてからチスイの荒野は色々な部分に歪みを起こしていると言っても、そこは信じていたかった。

「オルーロフ……」

 タジが殺した人間は、戦線の副官を務めていた赤獅子の騎士、オルーロフだった。

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