荒野に虹を 59

 カブトムシ型の魔獣は突進の速度をそっくりいなされて、合気のように受け流された。鋼のような外骨格そのままに次々と襲い来る甲虫に投げつけられた魔獣の姿は、不格好な棍棒のようだった。

 タジに投げ飛ばされた甲虫にぶつかって次々と倒される魔獣。しかし飛来する甲虫の中には、投げ飛ばした魔獣をするりと避けてなおタジに突進してくる。

 クワガタムシ型の魔獣が角を鳴らしながら迫ってきた。タジが正面ギリギリで蹴り上げると、鼻先でガチンと角が閉じる音がした。

 そんな調子で次々やって来る甲虫たちを、蹴り上げ蹴り下ろし投げ飛ばしとしていると、着地するころにはそこかしこに甲虫の外骨格が転がる地獄絵図と化した。昆虫特有の液状の筋肉が流れ出て、神経がピクピクと魔獣を動かす。その辺りは、普通の昆虫となんら変わりなかった。

 ただ、凶暴で人ほどの大きさがあると言うだけだ。

 知能や危機意識をもつ動物であれば、まだしもそこで突撃の勢いを殺すこともあるだろう。魔獣であれば多少の知能も有するはずである。しかし、昆虫型の魔獣はそうはいかないらしい。彼らが魔獣化して強化されるのは単純な肉体そのものであり、巨大化に用いられる以外に魔瘴は割り振られなかったようだ。

「恐怖心がない、っていうのはそれはそれで恐ろしいね」

 サソリ型の魔獣が仲間の屍を軽々と越えてタジへと襲いかかる。目の前でピクピクと動く遺体を、あるものはよじ登り、あるものはハサミでわきに除け、ただ標的であるタジに向かって一直線に進み来る。

 タジの背後からは、先ほどかわした甲虫が闇夜で体を鈍く光らせながら旋回し、再びタジに襲い掛かる。

「あー、何か広域に攻撃できる手段がないものかね!光線とかさァ!」

 そうは言っても、タジは魔法も使えなければ超能力もない。

 べらぼうに強い肉体と、絶対に負けない意思だけが、タジを最強たらしめる。昆虫型の魔獣が有する外骨格を前に、並の武器では歯が立たず、またよほどの熱線か何かでないと、広範囲に蠢く魔獣を一網打尽にはできないだろう。

 地道に倒すしか方法がないと分かっているとはいえ、あまり長引かせると、戦場の反対側で既に腕を下ろして観戦状態の人影が別途行動を起こしかねない。

「仕方ない。見てくれは悪いが、背に腹は代えられん……!」

 ガサガサと襲い来る魔獣に対して、タジは足元に転がっている魔獣の死骸を手にした。炭を炭で叩き割るような方法を外骨格で身を守る魔獣に行おうというのだった。周囲には既に死骸がいくつもある。角を持ち上げ振り回し、あるいは投げ、四方に加えて空中からも襲いかかる魔獣に対して、タジは応戦し続けた。

 周囲の地面が昆虫の死骸で埋まり始めると、タジはそれを蹴り飛ばして視界を開けるようにした。常に人影の動きは捉えておきたかった。

 前から襲いかかるサソリのハサミにカブトムシの死骸を突っこみ、上から襲いかかる毒針を持って、身の回りを薙ぎ払うように振り回す。驚いてガチガチと動くハサミが別の個体を捕らえ、尻尾を引きちぎるように投げ飛ばせばその方向だけ、魔獣が全て吹き飛ばされる。

 そんなことを繰り返しているうちに、ようやくタジに襲い掛かる魔獣は消えた。

 辺りには、ただ屍と化した甲虫の外骨格が山と積まれている。それらからは、不気味な黒い煙が発せられており、間もなく魔獣どもは姿を消すだろう。

「ああ、エダードを呼べば良かったんじゃないか……」

 額にわずかに汗をにじませつつ、タジはつぶやく。

 その時。

 人影が懐から何かを取り出すと、それを口の中に放り込んだ。

「嫌な予感……!」

 つぶやくよりも先に人影に向かって突進するタジに向かって、人影は腰に佩いていた剣を唐竹割りのように振り下ろした。

「フゥーッ!フゥーッ!!」

 体全体で荒い呼吸をし、人影の身体がみるみる大きくなる。

 衣服が張り裂け、体毛は増し、もとより肉付きの良さが感じられた肉体はさらに剛健と化す。

「オォォォォオガアァァァァァッッ!!!」

 月光に照らされたその姿は、昔話に出てきた鬼を思わせた。

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