荒野に虹を 46
翌朝、タジはラウジャを引き連れて太陽と共にチスイの荒野を出立した。
同道させるにあたって一言残しておこうと天幕に訪れると、花の香気に満たされた天幕内で、モルゲッコーは既に執務に取り掛かっていた。
「ラウジャは荒野の出身だ。その場所に精通している者を連れていきたいのでな」
「なるほど。勅命書がございますから、私たちとしましてはタジ殿に最大限の協力をする用意がございます」
それだけ言ってラウジャを借り受けるのには成功した。
天幕の外に出てから、タジが囁く。
「ラウジャは今、どんな立場なんだ?」
「どんな立場と言われましても、僕はただの一騎士ですよ。他の騎士たちと同様に、早駆けの訓練をし、チスイの荒野を柔軟に守るように組み込まれています」
「なるほどねぇ……」
それをモルゲッコーに詰め寄ったところで、軍功の多寡で出世が決まる訳ではない、とかなんとかそれらしい理由をつけてラウジャを特別引き立てるようなことをしないだろう。
余計な詮索だとは分かっていても、昨日の話を聞く限りでは、ラウジャは眠りの国に働く騎士の中にあっては身分が卑しいものと認識されているだろう。そんな奴腹が自分よりも高い地位・役職に就くのを嫌う騎士がいるのだ。
モルゲッコーがどちら側の人間なのかは、彼の働きだけでなく、それによって彼が手に入れた今の地位を見れば瞭然だ。
「お前も、赤獅子ではなく白鯨に入ればもっと上にいけたんじゃないか?」
「いえ、僕は赤獅子の騎士団に大恩がありますから」
ラウジャは困ったように笑った。
「……そうか」
タジは空に向かって大きく伸びをして、出発を待つ馬車へと向かった。
「ほら、行くぞ」
「はい……あれ、イヨトンさんは?」
「イヨトンは、ゴードの護衛につくように言った」
表向きは、タジが命じてゴードの仕事の補佐をするように頼んだことになっている。ニエの村が発展するために多くの建材が必要であり、その流れを十全にするためには石切場からの建材が滞りなく流れてくるのが望ましい。と言えば、モルゲッコーも追及はしない。モルゲッコーがそれに対して余計な波風を立てたら、タジはゴードがチスイの荒野で殺されかけた件について追及しようと思っていたし、きっと何か小言の一つも言われることはないだろうとも思っていた。
「あれでデキる騎士だからな、イヨトンは」
「いや、ムヌーグ様の片腕の一人ですよ。デキるなんてものではありませんよ」
「ほほう。ムヌーグはよほど有名なようだ」
待機している馬車を見つけ、御者に会釈して幌の中に入る。二人が腰をおろすのを見計らったかのように、馬車はゆっくりと動き出した。
ポケノの町よりも先に、川の下流を見に行くことになっている。
途中までは道があるが、川の下流域は岩石とそれを支えるように生える樹木とで歪になっており、徒歩で歩く必要があるのだそうだ。
「彼女はこのままいけば最年少の騎士団長になるかもしれない、と言われているほどの人ですよ」
「権力争いに忙しそうな騎士団の中でずいぶんと階段を上るのが早いじゃないか。ラウジャのように勇名を馳せ武功を立てても立身できず燻っているのがいると言うのに」
「ハハハ……。ムヌーグ様は、まあ、そういう身分の方なんですよ。本来ならば赤獅子の騎士団に入って然るべきところを、酔狂にも白鯨の騎士団に入ったということで、多少奇人扱いはされていますがね」
「確かに、あの理屈屋を思えば奇人と言われても仕方ないだろうな」
イヨトンがいれば非難の目も向けられるような発言だが、今はいない。
それから道中は、ラウジャとの会話はチスイの荒野における騎士団の内部勢力図について、多少の文句を交えながら話した。
「酒があれば良かったんだがな」
「酒ですか?」
「仕事に関してくだをまくなら、酒で口の滑りを良くするもんだ」
そう言ってタジは口角をあげた。
「昼前から酒を飲むと、罰があたりますよ」
「仕事にも差し障る、ってね」
木製の車輪が小石を噛んで傾く。馬車の速度はそれなりに速かった。
「これなら陽が中天に差し掛かるころには川前に到着しまさァ」
御者台の方から声が聞こえてきた。
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