荒野に虹を 45
しかし、心もとなくとも、歴史はなくとも、この散水塔という解決案なくしてタジ側に勝利はないと言っても過言ではなかった。細い糸を手繰り寄せるように、今は慎重に散水塔という案にしがみつくしかない。
「散水塔はなければ作ればいいとして、水源をポケノの町からどうやって引いてくるのか、ということだ」
「そればかりは、実地で見てくるしかないのではないでしょうか」
さすがにその辺りは現実的なゴードである。地図に描かれた不自然なポケノの町下流の川の流れを実際に目の当たりにすれば、かつてチスイの荒野に流れていたかも知れない水脈の行方が分かるかも知れない。
「もし、散水塔という案でいけるのでしたら、眠りの国の人々が懸念する穢れの問題も解決するでしょう」
ゴードが頭を掻きながらつぶやくように言った。
「それはなぜですか?」
ラウジャが問うと、ゴードは地図に書き記しながら話しはじめる。
「私たちは、地上に川を流す計画を立てていました。それはポケノの町から水そのものを見える形で流します。この『見える』という点が非常に重要で、人は見えているもの、そこに存在しているものに注意を向けてしまうのです」
「目に見える廃水が、目に見えたままの状態で流れてくるのを嫌うわけだ。しかし、地下水脈からくみ上げる散水塔の案だと、それが一度地中に隠れる」
「隠れるというところが重要です。地中に染み込んだ廃水は、大地と混ざり合い、汚染度に関する注意を散漫させるのですよ」
「だいたい、汚染度と言っても生物に極めて有害な物質が流れているわけではなく、生活用水や多少の作業廃水がながされる程度であれば、地中で十分にろ過されるだろうよ」
「その上、地下水脈ならば、例えその水がいずれ眠りの国の湖に染み出ることになろうとも、見えないのですから白をきり通せます」
「散水塔から定期的に水がチスイの荒野に降り注ぐのなら、散水塔を局地的に堅守するだけで魔獣との交戦は劇的に抑えられるだろう」
細い糸を何とか手繰り寄せてタジとゴードが二人がかりで綯った糸は、なるほど言われてみれば確からしい説得力を持っていた。
「川を流すことによって生じる諸問題が解決できるかも知れない、というのはありがたいな」
タジが自身を鼓舞するように言った。
「しかし、実際にそれが作れるかは確かめてみないとただの皮算用ですよ」
「そんな事、イヨトンに言われなくとも分かってるさ」
「さっきまで川を引く案があっさり覆されて狼狽していたというのに、よくそれだけ居丈高でいられますね」
「ぐっ……」
イヨトンの遠慮のない物言いにラウジャはおろおろしていたが、ふとゴードの方を見ると、苦笑いの表情だった。
いつもの事ですよ、と言外にほのめかすゴードの苦笑いに、ラウジャは妙な親近感を覚えた。
その日はすっかり夜も更けてしまったので、タジがポケノの町に向かうのは翌日に決めた。タジはゴードの天幕で眠ることにした。
「今更モルゲッコーに隠し立てすることもないだろう。だとしたら俺が直接ゴードについていた方が、互いにやりやすいこともある」
イヨトンとラウジャは天幕から去ると、それぞれ騎士団の天幕へと戻っていった。
「そう言えば、この地は雨がめったに降らないんですよ。だから魔獣がよく出現するのかも知れませんね」
何とはなしにラウジャがつぶやく。
空に輝く満天の星、いくつもある丘の起伏の向こうで、小さな竜巻が一つ、乾いた音を鳴らして消えていった。
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