荒野に虹を 47

 旅程は御者の申告よりいくぶん遅くなった。

 思った以上に道が悪かったというのと、途中で道を間違えたのが原因だと言う。そもそも、チスイの荒野から下流の川に向かう道を行く者がほとんどいない中で、道がある方が奇跡だ。

「この道は、本来どこに通じているんだ?」

 ラウジャと共に幌から降りて、御者を見送る前に問うた。

「下流にはポケノの町の廃水が流れます。そこには鉱山の水も流れますからね、わずかに割れた宝石の欠片などを求めて浚いにくる子どもなんかがいるんでさァ。貧乏な家の子どもはだいたいそうやって遊ぶようにして石の種類を覚え、やがて鉱山で働くようになるんですよ」

 採掘仕事は石切りの仕事以上に危険な仕事だ。崩落、毒ガス、粉塵。早逝の見本市のようなもので、仕事に就くものは一獲千金を狙う若者か、身分の低い奴隷。

 身分の低い若者は、当然のように力が有り余っているから治安の悪さも相当のもの。身寄りのない子どもや、片親の多さがそれを表している。一方、組合のしっかりした石切場や、採掘仕事に従事する人工をまとめ上げ貴金属を価値ある物として流通させようとする工場などは、高く頑丈な壁に守られて、利益を享受している。

 下流に居を構える者達は、言わば貧民窟の住人であった。

「なるほど。穢れの発想というのが何となく分かった」

「そうですか」

 樹木と岩石で作られた不自然な森を抜けると、歪な川が姿を現した。

 度重なる急流の浸食なのだろうか、この辺りだけ急斜面になっている。開けた視界の足下は、三階建ての建物ほどの高さ。その下に川が曲がりくねって広がっていた。

 曲がりくねった河川からわずかに小高いそこかしこに、あばら屋がいくつも建てられている。川の急な曲線の内側に砂礫の溜まった場所があり、そこには数人の子どもたちが木の皮で作った篩笊を持っている。

 年長の子どもがイタチのように頭を上げると、上流を睨みつけて、それから大声を上げた。

「放水が来るぞー!逃げるんだー!!」

 掛け声に従ってその場にいた子どもたちが一斉に逃げる。それぞれが自分の最も身近な高台へと避難して、しばらく経つと上流から突然多量の水が流れてきた。

 子どもたちの顔に水しぶきがかかる。当然のようにあばら屋も水をかぶる。ところどころで子どもたちが「痛っ」と悲鳴を上げている。水滴の中に砂礫が混じっているようだ。

 子どもたちが放水と呼んだ多量の水は徐々にひいていく。それと同時に、子どもたちは再び川岸の砂利へと篩笊を片手に下りていった。

「わーお……なかなか面白いところだな?」

「眠りの国に住む人達は、あまり見ない光景かも知れませんね」

「……ラウジャはやったことがあるのか?」

「いえ、何度か仕事でここに来たことがある程度です」

 あったぞー!という声が子どもたちの中から聞こえた。太陽に向かって人差し指と親指で何かをつまんだ形を透かしているらしいが、タジからは、それが何なのかは全く見えなかった。

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