荒野に虹を 33
「残念ながら、配下の思惑に対する特効薬を俺は持っていませんよ」
「謙遜するな、紅き竜さえいればそれこそ全てを灰燼に帰すことも可能であろう?」
「……ちょっとした冗談として聞いておきましょう」
一国の王が民草を平然と見殺しにする言動は、タジにとって許容されることではなかった。それが本気だとしたら、ただ失望し、その後自分が悪役になろうかと逡巡するくらいには。
しかし王の意図はそこにはなかった。
「別に騎士団を倒す内紛を手伝えと言っているわけではない。過剰な忠誠や、行き過ぎた野心は糺さねばならん。違うか?」
「それは王の仕事ですよ。俺の仕事ではない」
「その通り、王の仕事だ。だから王としてタジに頼み込んでいる」
王の仕事は、人に任せること。そして人に任せるに足る人物だと思わせること。
「頼み込む、と言われましても、俺にできることは魔獣を倒すことくらいなもんですよ、政治的な策謀など巡らせようもない。新しくチスイの荒野の総指揮官になったモルゲッコーとかいう奴の方が何枚も上手ですよ」
「その言い方だと、やはりタジとは馬が合わなかったか」
レダ王がほくそ笑む。少ししゃべりすぎたか、とタジは心の内で舌打ちをした。隣で大人しくしていたムヌーグは、タジの口から出てきた人物の名前に意外そうな目を向けている。
「モルゲッコーがチスイの荒野の総指揮官に?」
「知っているのか、ムヌーグ」
「モルゲッコーはムヌーグより少し前に騎士団に入ったんだったか。自分も死なない、周りの者も死なせない、とにかく慎重な用兵に定評がある男でな、不死の騎士という異名も聞いていよう?」
レダ王の説明にタジがうなずく。
「人を死なせないというのはそれだけで有益だ。人的資源は教育するのに時間も金もかかる。そうでなくともチスイの荒野は例の事件によって人が少なくなっている。そういう時に、モルゲッコーの実績は非常に役立つのだ。それは分かってくれるな?」
「分かります」
既に不死の騎士という名を馳せ、また甚大な被害と犠牲が出てしまった戦場に、モルゲッコーを送らないという決断は、レダ王の選任に疑問をもたれかねない、ということだ。疑問に対して納得のいく回答が出来ればいいが。
「モルゲッコーの他に適任と思われる候補者は」
「いない」
それがレダ王の目から見てなのか、それとも騎士内の評判からなのかは分からないが、重要なのは後者である。評判の良いものを用いなければ、王としての正当性が問われることになる。正当性は、持って生まれた資質などではなく、不断の努力やその努力に裏付けされる正しい決断から涵養されるものだ。
そのくせ、腐る時はあっという間に腐るものでもあり、自由にならないものでもある。
「ままならないものだよ、王の仕事というものは」
「全くですね。まさか王が泣き落としで俺に仕事をふるとは」
「ははは、泣き落としで忠誠を誓ってくれるというのなら涙が枯れるまで泣いてやろうではないか」
おどけてみせるものの、確かにタジの思った以上に王の仕事というのは不自由なのかも知れなかった。
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