荒野に虹を 32
「タジは、あの地が政治的に危うい地域だということを分かっているな?」
「……知っては、いませんね」
「なるほど。つまり、分かっては、いると。まあこれ以上の回答は望めないことを了解したうえで話を進めよう」
腹の探り合いの再開である。
しかし、とタジは思う。レダ王がわざわざタジに対して探りを入れなければいけない用件はなんなのか。チスイの荒野に関して言えば、歌姫の救出ができなかった時点で、その咎はタジが受けるべきものと判断されて然るべきだ。例え紅き竜を従えたとして、それがタジ以外に操縦不可能だと分かれば、国の利益にならない。
だとしたら、タジを操縦するように交渉しようとしている?
「彼の地が赤獅子の騎士団の管轄する地であり、政治的に利用をされているということは、既にタジの耳に届いていることだろう。元々は単純に、剛毅たる赤獅子たちが不撓不屈で魔獣と戦い抜いたために、守護の任が赤獅子の騎士団に回ってきただけのことだ。その他は不純物なのだよ。赤獅子の騎士団内で出世のダシにつかわれるだの、仕事にあぶれた力自慢たちの雇用の場所などというのは、な」
レダ王もまた、タジが口にした酸味の強い果物を口に入れる。口の中に溢れる酸味に顔を歪めて、グラスを呷る。大きく息を吐いてグラスを置き、ジッとタジの目を見た。
レダ王は、人の目を見て話すのが癖らしかった。
「しかし、そうやってチスイの荒野における武功を赤獅子の騎士団が独占していることを快く思わない連中も増えてきた」
「王の間で意見の相違が?」
政治的な危機だというのなら、四人の王による合議制が崩れることこそ最も起こり得ることであり、同時にタジにとっては取り入る隙にもなり得た。
しかしレダ王は口の端を大きく歪めて頭を横にふった。
「それはない。我ら王は常に一心同体だ、意見の食い違いなどありえない。いや、その日の朝食に何を食べるかなどという些細なことなら食い違うこともあるだろうが」
政治的な判断のような大きい決断をするにあたって、四人の王が意見を異にすることはないと、レダ王は断言した。その強い言葉にタジは違和感を覚えないでもなかったが、しかしここで問うても時間の無駄だろう。今はレダ王の話を聞く方が優先だ。
「快く思わないのは、配下の騎士団連中だ。国に忠誠を誓った騎士の連中とはいえ、権力を志向する者もいれば、強い矜持を身分に求める者もいる。己を活躍させたいと逸る者もいれば、分不相応な任に就いて身を潰す者もいる」
「王の権力をもってしても、その不幸は止められませんか」
「無理だな。王の出来ることというのは、全てを操ることではない。全てを任せることだ。任せるために人を選び、選んだ人に忠誠と任務の円滑な遂行を誓わせるために正統性が求められる。この人に求められたのだから、必ずそれに報いなければならない。そう思わせるのが、王の仕事だ」
「そこに、権力と人情の思惑が不純物として入り込んでくる、と」
「そうだ。任せるからには、不祥事に対して正当な罰を与える必要もある。しかし思惑という不純物が入ると、そこから亀裂が入っていく」
タジには、レダ王の言葉が、まるで今回のチスイの荒野における人選が何らかの思惑によって動いているかのような発言に聞こえた。
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