荒野に虹を 31

「ええ、まあ」

 タジはぞんざいに答える。

「そうか。聞くところによると祈りの歌姫は既に紅き竜に食い殺されていた、ということだったが、間違っていないか?」

「……そうですね」

「タジなら歌姫を救うことができたのではないか?そもそも、タジが請け負った勝利条件は歌姫の救出だったはず。それを反故にして紅き竜を従える?お前は何を考える?」

「……祈りの歌姫を救うことを勝利としていたが、残念ながら俺が到着したときには既に祈りの歌姫は食われたあとだった。そうでなかったら、助けた、さ」

「紅き竜とタジが人間側に不利になるように結託していない証拠は?」

 レダ王は、確かにチスイの荒野から報告を受けている。しかしそれは虚実織り交ぜた物語の報告だった。タジが紅き竜を従えていることも、祈りの歌姫を救い出すことができなかったのも事実である。しかしそこに至る道筋に関しては、報告者によって物語を作らなければならない。チスイの荒野の至宝とも言える祈りの歌姫を失ったことを、どのように報告するかというのは、極めて繊細な問題であった。

 そのため、タジもレダ王との間に齟齬をきたさないように、慎重に言葉を選ぶ必要がある。また、この場が既にレダ王による尋問の場となっているのを承知の上で、会話を繰り広げなければならない。表情や態度に出さないように……。

「ここに俺がいて、レダ王が死んでいないことがその証拠かと」

「タジ様!?」

 思わず大きくなったムヌーグの声を聞いて、廊下にいた見張りの騎士二人が乱暴に扉を開いた。レダ王は既に入口に向かって手をかざし、二人を制止するようにしてうつむいている。

 タジもまた、飛びかかろうとしたムヌーグの腕をとって跳躍し、ふわりと着地すると、もう片方の腕をムヌーグの腰に回してゆっくりと踊り始めた。

 騎士二人に向けて、王がつぶやいた。

「すまんな。突然タジが腕をとったから、思わず大声が出てしまったようだ。タジよ、それは女性にしてよいふるまいではないぞ」

「それは、失礼いたしました」

 謝罪をするものの、タジはムヌーグの手をとって踊るのを止めず、ぎこちない足捌きのムヌーグをゆっくりと先導する。

「レダ王」

 何か言いたげな見張りの騎士たちは、レダ王の一瞥によって二の句を継げられなくなり、ゆっくりと扉を閉めて廊下に戻った。

 その間もタジとムヌーグは踊り続けていたが、扉がすっかり閉まって、かざしたレダ王の手が下がると、タジはようやく踊るのを止めた。

「はぁ……。もう、突然大声を出すのはやめてくれよ」

 心底疲れた、というようにタジが肩を落としている。乱暴に自席に戻って果物を一つつまんで口に入れる。酸味の特に強いものだったらしく、両目を固くつぶって顔をくしゃくしゃにさせた。

「そうだぞ、ムヌーグ。こっちは腹の探り合いで忙しいんだ。余計な茶々をいれるんじゃない」

「しかしレダ王、タジ様の今の発言は見過ごせません」

 先ほどの会話が、互いに真相を隠しながら相手から情報を聞き出そうとしていたことに納得しつつも、その中で現れた不穏な言葉にムヌーグは応対しないわけにはいかなかった。

「だとしたら、やはりタジに紅き竜を従えたことにおいて、他意はないということか?」

「まあ、そう受け取ってもらって構わないですよ。俺が祈りの歌姫を救出できなかったことも、紅き竜を従えたことも事実です。それ以上のことに関しては、俺は言葉を濁すかもしれません」

 レダ王がタジをジッと見つめた。

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