荒野に虹を 30

 城内に入って衛兵に謁見を申し込むと、やはりその日のうちの謁見は不可能だった。しかしレダ王は、公務とは別にタジと顔を合わせる機会を設けた。そこでタジはムヌーグを引き連れて日没後に再び城を訪れた。当直の見張り番とは別の、赤獅子の騎士団の一人がタジを城門の先で待っており、二人を一瞥すると何も言わずに回れ右をして王の部屋へと先導する。

 いけ好かない様子だったが、武功ばかり立てて名声をほしいままにし、あまつさえ救世主の代名詞である太陽の御使いという呼称に与る謎の男と、王を頂かずに教会の下で動く唯一の騎士団、白鯨の騎士団の第二中隊長である女との組み合わせが、赤獅子の騎士団の主であるレダ王と個人的に面会することに、言いようのない苛立ちを覚えていると考えれば、なるほど同情もしよう。

 タジは特に話しかけるでもないが、決して蔑ろにするわけでもなく、ただ先導する騎士に歩調を合わせる事にした。

 王の部屋の前には、篝火が焚かれ、二人の衛兵が直立不動で番をしている。重さを感じる木製の扉を開けると、室内は蝋燭が明々と灯っていた。

「オルーロフからの報告は聞いている」

 天鵞絨の貼られた衝立の向こうから王が現れた。公務の時のような派手さはないが、蝋燭の灯りに照らされるその衣服は、絹のような滑らかさがうかがえる。染色された布の質感もさることながら、金糸で施された刺繍が上品である。

 隣のムヌーグがその場で最敬礼をしていたが、タジはただ頭を下げただけだった。

「タジ様」

 小声で忠言するムヌーグをよそにタジは涼しい顔だ。

「おっ、ムヌーグではないか、久しいな。今日はあの時の騎士ではなくお前がタジと一緒に来たのか」

「レダ王はムヌーグのことをご存じで?」

 中央の大きな食卓に促されて席につく。卓の上には見慣れぬ果物が真鍮の皿に盛られており、椅子の前にはそれぞれに銀の水差しと食器が用意されていた。

 レダ王は二人に対面するように座ると、綿の詰まった肘掛けに肘をついてくつろいだ。わずかに前のめりになっている仕草が妙に子どもっぽい。

「もちろんだ。中隊長以上の騎士は必ずそれぞれ王に目通りをする必要がある。それでなくともムヌーグは実力も抜きんでていた。その若さで、しかも女性で中隊長になるというのは生半なことではない」

「光栄です」

「本当はな、赤獅子の騎士団に入れたかったんだが、ムヌーグがそれを拒否した」

「へぇ、ムヌーグにもそんな反骨心があったのか。あるいは野心か?」

 ハハハと笑う男二人に囲まれて、ムヌーグは顔を赤らめる。

「違います、タジ様!レダ王も冗談をおっしゃらないでください」

 どうやらレダ王を拒否したのではなく、白鯨の騎士団の方から熱烈な要請があったのだという。声をかけられたのが白鯨の騎士団からの方が早かったので、ムヌーグはそちらに所属することを決めたのだった。

「して、ニエの村の方はどうだ?まあ、アエリがいるのだから、奴がなんとかするだろうが」

 水差しに入った薄いワインをグラスに注いで呷る。手酌をする王を制止しようとタジは動こうとしたが、食卓文化の違いだろか、レダ王は特に気にする様子もない。

「何とかなっております。既に噂を聞きつけてごろつきのような力自慢たちがニエの村にやって来ております。最近では狼藉を働くごろつきを取り締まる仕事の方が、現れる魔獣よりも厄介と思うほどです」

「人が増えると衝突も増える。意見の噛み合わない者、機会を得ずに歯噛みする者、活躍を認めてもらいたい者、己が権力を得たい者……。騎士団はそういう者たちから弱者の生活を、権利を、自由を守らねばならん」

「心得ております」

「アエリはその辺りをよく心得ているからな。上手く使われろよ、といっても言うまでもないか」

 二人の間でアエリがずいぶんと高い評価を得ているのを、タジは果物を食べながら眺めていた。やはり昔から知っているからだろう、ムヌーグとレダ王の間には身分の差はあれど、互いの距離を探るような会話をする様子はなかった。これがイヨトンだと、王を前に恐縮しすぎてしまいかねない。ムヌーグと共にやってきたのは正解だった。

「して、チスイの荒野に関してだが」

 一通り談笑を終えたレダ王が、果物を食べるタジの方へ向き直す。

「一応、タジの口からも聞きたい。あの伝説の紅き竜エダードを従えたというのは、本当か?」

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