荒野に虹を 34
「しかし、レダ王がそこまでモルゲッコーのことを言うのは、彼の用兵に疑問をもっているからなのではないですか?」
不死の騎士と評判で、実際にその名に恥じぬ実績を上げているというのに、レダ王はその者を選任したことを「ままならない」と言う。あまつさえ、タジに何らかの仕事を任せようと言うのだ。
「あいつは、不殺に命を賭けている」
妙な言い方だ、と思った。誰一人殺させない用兵によって不死の騎士と言われる者に対して、命を賭けているという言葉はちぐはぐだ。タジが頭に疑問符を浮かべていると、レダ王は渋面でつぶやいた。
「自分の二つ名である不死の騎士というものに、モルゲッコー自身が固執しているということだ。名声とは、人を有名にさせると同時に、不便にも縛りつけることもある。タジよ、お前も太陽の御使いという言葉には苦労させられるぞ」
「誰かに名付けられたもので苦しめられるくらいなら、そんな名声は俺には不要です。荷が勝つような言葉だという意味ではなく、俺はただ、俺の行動に自由でありたい」
「まあ、お前がそう決意したところで、厄介事は舞い込んでくるだろう。今の状況のようにな。それでタジがどうしたいかは、タジ自身が決めればよい」
「それはレダ王に譲歩の準備があるということですかね?」
タジが自身の自由を優先するということを分かっていてレダ王がなおもタジを使おうと言うのであれば、交渉で有利な手札を手に入れようと言うのは当然の振る舞いだ。
「何を譲歩しろというのだ?」
「俺はこれからレダ王に対して、ある献策をします。それに、怒りを覚えないでいただきたい」
それが、タジがレダ王から引き出せる最大限の譲歩だと考えた。これ以上の、例えば献策を聞き受けろ、という段階まで話を進めてしまえば、脅迫と変わりなく、それを否応無しに受けてしまえば王としての正当性を失う。また、タジが何かしらの行動を起こすことに目をつぶっていてもらいたい、という譲歩であったならば、レダ王にタジの考えていることの全てを伝えることは出来なくなってしまう。
レダ王がタジと目を合わせる。
「分かった。しかし、献策とは何だ?チスイの荒野に関することだと言うのは分かるが、それとモルゲッコーとがどのように関係してくる?」
「関係していますよ。なぜなら俺たちは、荒野に虹をかけようとしているのですから」
「虹を……?」
突然何を言い出すのかと言ったレダ王に、タジは顔を近づけて囁いた。
「献策はただ一つ。ポケノの町から眠りの国まで、川を作る治水事業を立ち上げたい、ということです」
「バッ!?」
大声を上げて立ち上がりそうになったレダ王の口を、タジが押さえつける。隣でピクリとムヌーグが動いた気がしたが、タジに何かするまではいかなかった。
混乱で開いたレダ王の瞳孔が落ち着くのを見計らって、タジが押さえつけていた手を離すと、レダ王はゆっくりと座り直し、咳ばらいをひとつした。
「治水、つまり灌漑の用水路を引こうと言うのか」
「それが用水路となるのか自然な川となるかは分かりませんが、とにかくポケノの町から眠りの国へと、チスイの荒野に水を流す計画を考えています」
「それが国にとってどれだけ重大事か分かっているのか」
「もちろん」
チスイの荒野の今までと、ポケノの町を流れる川、眠りの国付近に作られた貯水池と河川、ポケノの町から眠りの国に向かう傾斜、赤獅子の騎士団における政治性と、眠りの国の貴族の驕り、そして魔獣と水の関係……。
タジが淀みなくそれらについて説明すると、レダ王はそれらの話を噛みしめるように頷きながら聞き続けた。
「むぅ……」
水差しに入っていた酒は無くなってしまったらしい。ムヌーグが代わりを持ってくるか伺うと、王は手をかざして拒否した。
「なるほど。それが献策か……」
「レダ王は、チスイの荒野が永遠の戦争にあってよいとお考えですか?」
タジの話の核心はそこだった。献策にかこつけて、王から核心の問いに対する怒りを引き出さないように答えを聞く。もし政治的に不可能なことだとしても、人と魔獣の戦争がチスイの荒野で永遠に続くことを願っていないのであれば、やりようは、ある。
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