荒野に虹を 15
翌日、日が中天に差し掛かる前に、タジとイヨトンは眠りの国へと戻ることにした。
紅き竜はイヨトンを背中に乗せることを嫌った。
「こいつ、女だからってイヨトンに嫉妬してるのか?」
「紅き竜エダードは雌だったのですか!?」
さすがのイヨトンもその事実には驚いたらしい。雄だと思っていたのか、とタジが問うと、そもそも性別の概念があるのかすら怪しいと思っていたそうだ。
「確かに、単為生殖……というよりそもそも生殖を行わないと考えた方がいろいろと都合がいいかもな」
「伝説級の魔獣が増えるなんてこと考えたくありませんよ」
早口になっているのは気のせいでもないだろう。
紅き竜の背に乗って眠りの国まで戻れればそれが一番早いのだが、それが出来ないのであれば多少時間はかかるものの、馬車に乗るほかない。幸い、モルゲッコーの手配によって既に馬車は用意されていた。それも荷馬車を兼ねたものではなく、二頭立ての速度を重視した馬車である。
「モルゲッコーはよほど俺たちを追い払いたいんだろうな」
タジはもはや感心しかなかった。
「しかしこの馬車でしたらすぐにも眠りの国に戻ることができそうですね」
「仕事がしやすくてありがたいことだ」
結局、タジは紅き竜を荒野に残すことにした。人間に危害を加えない限りで自由にしていていい、と命令をすると、紅き竜は大きな翼を広げて優雅に飛翔し、エダードの住む洞穴へと向かっていった。タジが呼べばどこからでも紅き竜は駆けつけてくるとエダードは言ったが、果たして。
二人が馬車に乗り込むと、御者は馬に鞭をあてた。
車軸の軋む音。馬のひづめの音。まもなく車輪は地面を噛み、軽快なリズムとなって街道を進み始めた。
馬車の手配は済ませてあっても王との謁見までは段取りしていないだろう。チスイの荒野から追い払うのがモルゲッコーの目的であるならば、馬車の用立てまではしてもその後のことまで気を配る必要はないからだ。
「レダ王との謁見に時間を取られるのであれば、その間にやれることをやらないといけないな」
「やれること、とは?」
「一度ニエの村の様子も知りたいし、眠りの国をぐるりと回って人探しもしたい。イヨトンも、一度ムヌーグに報告する必要があるんじゃないか?」
ムヌーグはイヨトンの直属の上司だ。今はこうしてタジのお付きのようなことをしているが、それはニエの村でムヌーグに命令されたことが発端である。
それから流されるようにタジと共にチスイの荒野までついてきて、今に至るのだから、その間、ムヌーグに仕事の報告ができていたかは怪しい。報告の不備が原因でイヨトンが騎士の身分をはく奪されるようなことがあれば、あまりに申し訳ない。
「そうですね、ムヌーグ中隊長に顔を見せる必要はありましょう。ですが、眠りの国にいた場合ですかね。ニエの村で職務に励んでいらしているようであれば、手紙を出すに留めましょう」
「別にいいんだぜ?眠りの国まで俺を送り届けるのがムヌーグから出された命令だったはずだ。無理してついてくる必要はない」
「あら、寂しいことをおっしゃる」
向かい合って座っていたイヨトンは、やおら立ち上がってタジの隣に座り直す。顔を寄せて、そっと耳打ちした。
「私がいなければ何もできないくせに」
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