荒野に虹を 12

 ここまで愛想笑いと分かるような愛想笑いも珍しいと思う程度には、モルゲッコーの笑顔は作られていた。

「しかしレダ王もよく分からない采配をなさる」

 モルゲッコーは立ち上がり、おもむろに天幕の端に置かれた香炉を手に取った。水差しのような形の香炉の中には、花の精油が入っているのだろう。鶴の首のような注ぎ口に鼻を近づけて、匂いを嗅いでいる。

「あなた方の評判をお聞きになったレダ王は、チスイの荒野に派遣なさった。あなた方は王の見込み通りに活躍なされ、騎士団はどこも騒然となっております。まさか、次の国王がタジ殿になるのではないか、などとね」

「それはないな。王が許そうが求めようが俺が拒否する。別に権力が欲しくて活躍しているわけではないからな。目の前に困っている人がいたから助けた。心構えとしてはその程度のもんさ」

「ほう?それではなおさらチスイの荒野に留まらせ続ける訳にはいきませんね。タジ殿の力は魔獣から世界を守ることができる。誇張ではなく文字通り、世界を救うことができるでしょう。太陽の御使いという名に相応しい」

「あまり持ち上げられても、妙に恥ずかしいな……」

 モルゲッコーの言葉を素直に受け取るタジに対して、イヨトンは言いようのない不安に襲われていた。それをタジに伝えようとするも、周囲の目がそれを不思議に思うだろう。

 無表情を装っていたが、焦りが自然に汗となって額から一筋流れていった。

「対して私は、微力ながらこのチスイの荒野を王から任された新しい総指揮官です。私の出来ることと言えば、この荒野を平和に保つことくらいのものです。そしてその程度であれば、私はタジ殿の力を借りずとも、問題なく成し遂げることができるでしょう」

「ふむ……?」

 モルゲッコーが、手にしていた香炉を置いてタジとイヨトンの方を向いた。猜疑心の塊のような眉も、値踏みするように細めていた目も、そこには無かった。

 ただ、無表情にタジを見据える機械人形のような顔があった。

「という訳で、どうぞレダ王にタジ殿の活躍のご報告に行ってください。もはやここにタジ殿のお手を煩わせるものはございませんので」

 今度はタジの表情が固まった。

 卑屈すぎる言葉も、妙に白々しい対応も、全てはタジをチスイの荒野から立ち去らせるための言葉だったのだ。

 なぜ?問うまでもない。タジの存在はこの場においてあまりに異端で、あまりに暴力的で、その場の権力を一瞬でひっくり返すことができるだけの名声と権威を持っているからだ。

 モルゲッコーは再び微笑んだ。先ほどとは打って変わって、冷たいほどに自然な笑顔である。

 タジは歯噛みした。

「手を煩わせることがないからってここを追い出すようなことを言うなよ。もう少しくらいゆっくりしても良いだろ?それに、紅き竜も眠りの国に連れて行くことは難しいだろうからな」

「おお、そのことについても王に報告しなければなりません!伝説の紅き竜エダードがタジ殿の麾下に入ったのだとすれば、なおさらその処遇に関して王に問わねばなりません。それこそ私の手に余る決定事項となりましょう」

 事態は急を要します。などとモルゲッコーはわざとらしい顔で言って見せるが、厄介払いをしたいというのが態度にありありと出ている。

 これではチスイの荒野に新しい産業をどころの話ではない。タジとイヨトンは追い出され、ゴードの献策も無駄となり、チスイの荒野は平和な戦争状態へと逆戻りするだろう。

 エダードも歌姫もいない戦場。時々魔獣との争いが起こって、多くの人が犠牲になり、物資が浪費され、権力が形作られる。

 血を吸う荒野。

「私はこれから、兵站と騎士や傭兵の名簿作成、それから練度の確認等やることがたくさんありますので、今日はこれで失礼してもよろしいでしょうか」

 最後まで慇懃な言葉を使うモルゲッコーに、タジは思わず襲いかかろうかと思ったが、実行した時点で全てはおじゃんだ。

「じゃあ、また出直すことにするよ」

「いえ、これからのことはそこの三人と決めますので、タジ殿もどうかそちらの三人の方にまずはお話を通していただければと思います」

 どこまでも食えない奴だ。イヨトンと共に天幕内を後にすると、荒野独特の、砂の混じった乾いた匂いが鼻につくのだった。

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